モンスター・アルバム「噂」から2年半、フリートウッド・マックの12作目のスタジオ作品は存分に時間をかけて制作されました。当時の風潮に反して長尺の2枚組です。「牙(タスク)」と題されたアルバムはモンスター・ヒットにはなりませんでしたが、大ヒットではありました。

 この作品は初めて制作に100万ドルを超える資金が費やされたアルバムとしても有名です。ただし、かなりの部分はスタジオを特別に建設した費用ですから、金額の大きさも納得です。もっともゆうに1年を制作にかけた贅沢なアルバムであることは間違いありません。

 アルバムの特徴はリンジー・バッキンガムの覚醒です。フリートウッド・マックにはバッキンガムにスティーヴィー・ニックス、クリスティン・マクヴィーの三人のソングライターがいますが、その中でも風貌に似合わずもっともキラキラ・ポップだったバッキンガムが奮い立ちました。

 時はポスト・パンクの時代、ニュー・ウェイブ・サウンドがロック/ポップス界のトレンドとなっていました。とりわけトーキング・ヘッズにご執心だったバッキンガムは、そうした音楽を聴きまくり、自らを省みて、ブレイクスルーを果たしたいと考えました。

 三人の中で一番ちゃらい曲を書くバッキンガムのあせりはわからないではありません。結果として、彼の実験精神が発露し、この作品の何曲かは彼が自宅でサウンドを作り上げ、そこにバンド・メンバーが音を足していくような制作風景だったそうです。 

 他のメンバーと軋轢が生じたことは想像に難くありませんが、ミック・フリートウッドなどは、そういえばピーター・グリーンもそんな感じだったと鷹揚に構えて、これを受け止めます。そればかりか、存分にスペースを与えるべく、2枚組とすることを決意します。

 その実験精神の象徴がアルバム・タイトル曲「タスク」です。アフリカンなドラムに導かれて始まるニュー・ウェイブ的な野心的作品で、途中からUSCトロージャン・マーチング・バンドが乱入してきて盛り上がるという彼ららしからぬ快作です。

 彼らはあろうことかこの曲をアルバムの先行シングルとして発表します。そしてこれを英米でトップ10ヒットとしてしまうのですから、さすがはフリートウッド・マックです。もっとも、この曲はアルバム中で最も実験的な曲で、アルバム自体はそれほど過激でもありません。

 バッキンガムの曲は全部で9曲ありますが、いずれも短めですし、宅録が基本にあるということで武骨なリズムによるブキブキした曲が中心です。とにかく、「噂」パート2を作ることだけは避けようという意地のようなものを感じます。

 一方、クリスティンとニックスはそれぞれ6曲と5曲を担当しており、こちらは安定のソング・ライティングです。うまくまとめれば「噂」パート2として通用する内容です。彼女たちとて安住しているわけではなく、ただ単に自然体でいい曲を重ねているだけなんでしょう。

 本作制作中にもニックスを中心に大いにスキャンダルが巻き起こり、決して平穏なアルバム制作期間ではありませんでしたが、とにもかくにも立派なアルバムをまとめあげたフリートウッド・マックの懐の深さに脱帽するしかありません。

Tusk / Fleetwood Mac (1979 Warner)