フリートウッド・マックの9枚目のスタジオ・アルバムは「クリスタルの謎」という邦題がつけられました。原題は「ヒーローはなかなかいない」という意味ですから、邦題とは似ても似つかない。タイトル曲中に♪瞳にダイヤモンド♪が出てくるからっていうことでしょうか。

 アルバムに針を落とすと、いきなりファンキーなホーン・セクションが出てきて驚かされます。乾いた明るいアメリカンなムードが一気に漂ってきます。それもアメリカ人のボブ・ウェルチではなくてクリスティン・マクヴィーの曲だと知ってさらに驚きです。

 このホーン・アレンジは米国の曲者ニック・デカロによるものです。彼はこの曲のみならず、アルバム全体にホーンとストリングスのアレンジで係わっており、ウェルチによってもたらされたフリートウッド・マック・サウンドのアメリカ化を一気に進めることになりました。

 フリートウッド・マックは彼らを冷遇するイギリスに見切りをつけ、ついにアメリカに活動拠点を移すことになりました。本作品は米国で制作された初のアルバムです。これに伴い、長年彼らを支えてきたエンジニアのマーティン・バーチとついに離れることになりました。

 本作品は前作からわずか1年で発表されましたが、この1年は彼らにとって大変な一年でした。まずは前作発表後の米国ツアー中にギタリストのボブ・ウエストンがミック・フリートウッド夫人と不倫をしたとして解雇され、その後のツアーがキャンセルされます。

 勝手なキャンセルの穴埋めを迫られたマネージャーのクリフォード・デイヴィスは、偽バンドを立ち上げてフリートウッド・マックを名乗り、ツアーを強行します。選ばれたミュージシャンも災難です。もちろん長続きするはずがない。そして次は名前の使用権を争う裁判です。

 そんな嵐の中で、バンドは米国転進を決意します。ネーミング裁判はまだ係争中ではありましたが、ロック界の大プロモーター、ビル・グラハムの口添えもあって、彼らはフリートウッド・マックとして本作品を制作することができました。

 ちなみにマネージャーに懲りた彼らは自らをマネージすることを選びました。この当時、メジャーなロック・バンドでセルフ・マネジメントを行っていたのは彼らくらいなものでしたから、大きな決断だったことでしょう。ここで手に入れた自由も後の大成功の一助でしょう。

 本作品は四人組マックによる作品で、曲作りは前11曲中7曲がウェルチ、4曲がクリスティンです。意外にもクリスティンの作品の方がニック・デカロの活躍が目立ちます。こうしてもともとアメリカンなウェルチに加え、彼女の曲もアメリカ風味が濃くなりました。

 フリートウッド&マックのリズム・セクションも、特にウェルチ作品での実験的なアプローチも含めて生き生きと活躍しています。本作品がアメリカで初めてトップ40に入るヒットとなったのもよく分かります。ボブ・ウェルチを中心としたマックの傑作です。

 ところで偽フリートウッド・マックはが大そう気になります。何回かステージをこなしており、好評を博したものもあったらしいです。後にそれなりに活躍するミュージシャンもいたようですし、録音が残っているなら、ぜひ聴いてみたいです。

Heroes Are Hard To Find / Fleetwood Mac (1974 Reprise)