「そして伝説は継承される・・・」、ピンク・フロイドのギタリスト、デヴィッド・ギルモアの3作目のソロ・アルバムはなんと前作から22年ぶりという恐ろしいインターバルで発表されました。直前のピンク・フロイドのアルバム「対」からでもほぼ12年ぶりです。

 本作品の制作のきっかけは、ギルモアがプロデューサーに名を連ねているロキシー・ミュージックのフィル・マンザネラと一緒に書き溜めた曲の整理を始めたことだそうです。「対」以降ですら12年ですから、その間に150曲もの新曲を書いていたとしてもおかしくはありません。

 さすがにもういい歳をした二人ですから、徹夜で作業なんていうことはなく、お互いが日中に作業して、一週間に一度、マンザネラがギルモア家を訪ねて成果を披露しあうという、働き方改革の見本のような形で曲が選ばれ、磨かれていったそうです。

 制作期間は実に5年、全10曲50分間に濃縮された時間が詰まっています。参加ミュージシャンは、ピンク・フロイドの盟友リチャード・ライト、ロバート・ワイアット、ジョージ―・フェイム、ジュールス・ホランド、デヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュとベテラン勢が並びます。

 さらに、最初期のピンク・フロイドのメンバーだったボブ・クローズや、ファースト・ソロでもドラムをたたいていた、フロイド前のギルモアのバンド・メイト、ウィリー・ウィルソンといった、ギルモアのキャリアの原点を共にしたミュージシャンの顔も見られます。

 ドラムには西海岸の超一流セッション・マンのアンディー・ニューマーク、コーラスには奥さんでありソング・ライティング・パートナーのポリー・サムソンも特筆されます。なお、プロデューサーを務めたマンザネラはギターではなくキーボードでの参加です。

 じっくり時間をかけ、ロック・シーンの生き証人のような豪華アーティストを集めて制作されたとても贅沢なアルバムであることが良く分かります。ただ、彼ほど功成り名を遂げたアーティストであれば、製作費はそれほどかかっていないのではないでしょうか。

 プロモーションも必要ないでしょうし、スタジオも自前、参加アーティストも金など二の次でしょう。もはやそういう世界とはまったく別物です。老境に差し掛かったロック・ミュージシャンが心の赴くままに同世代の仲間とじっくりと作り上げた作品。ロックも本当に成熟しました。

 「オン・アン・アイランド」と題されたアルバムは、ゆったりとしたコクのあるリズム、滴るような深いギターと、豊かなテクスチャーのサウンドで綴られており、決して予想を裏切ることのないサウンドながら、そのクオリティーに圧倒されます。

 ギルモアは「一年の中で秋になると木の葉が落ちていくが、私は今、自分の人生でそういう時期に来ていると言えるだろう。このアルバムは、今、私がどこにいるのかを表現しているわけだ」と本作を解説しています。いや、まったくそのまんまの作品です。

 もはやロックと呼んでいいのかどうかは分かりませんが、ここまで若者が聴くことを想定していないロックというのも面白いものです。制作時のギルモアとほぼ同い歳の私にはあまりにしっくりして、これでいいのかと逆に不安にさせる極上のサウンドです。

On An Island / David Gilmour (2006 EMI)