このアルバムも倒産したアートフルからの発表でしたから長らく入手困難となっていました。ただ、私はこちらはリアルタイムで購入しました。一番の理由はジャケットです。パスカル・ル・グラスによる素敵なジャケットはオリジナル作であることを雄弁に物語っていたんです。

 「マーシャル・スイート」と題されたザ・フォール21作目のスタジオ・アルバムは、マークEスミスによれば「ニューヨークの試練を終えた自分の輝かしい復活」です。米国公演でバンドはバラバラになり、逮捕勾留を経たマークですが、あっという間の復活劇です。

 しかし、この当時は時々マネジメントにかかわっていたジョン・レナードの他には誰にも相手にされなかったとマークは語っており、やはり大変だったことが分かります。貧乏していたレナードはザ・フォールのアルバムを作りたがっており、本作の実現につながりました。

 とはいえ、長らくザ・フォールを支えてきたメンバーは全員が去ってしまいました。忠実だったベースのスティーヴ・ハンレーすら失ったマークは、自分を全盛期のベッカムを放出したマンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督になぞらえています。

 ということはマーク自身もかなり気にしていたということでしょう。もちろん、判断に誤りはないと自信たっぷりではありますけれども、音楽面も完全にコントロールするフランク・ザッパ先生とは違いますからやはり多少は不安があったのだと思います。

 米国で空中分解したバンドですが、キーボードのジュリア・ネイグルだけはザ・フォールにとどまりました。一足先に帰国したジュリアは粛々と新たなメンバー探しと本作品の準備を進めていきました。やはり支えてくれる人というのがいるものです。

 本作のメンバーはマークとジュリアに加えて、ドラムにトム・ヘッド、ギターにネヴィル・ワイルディング、ベースはカレン・リーサムという布陣でしたが、すぐにカレンはクビになりアダム・ヘラルに代わりました。プロデュースはスティーヴ・ヒッチコックです。

 この新たなメンバーはプロデューサーを含めてほとんど素性が分かりません。調べてみてもザ・フォール以外のキャリアはほとんど見つかりません。マークとだれかのおばあさんがいればそれがザ・フォールという言葉の実践です。

 アルバムは自ら「輝かしい復活」というだけのことはあって、前作とはうって変わって、しっかりとまとまりました。1曲目の「タッチ・センシティヴ」からいきなり♪ヘイ、ヘイ、ヘイ♪と元気なマークが飛び出してきて、アルバムへの期待をいや増しに高めます。

 ザ・フォールの要だったスカンロンとハンレーのギター・ベース・コンビが抜けてどうなることかと心配しましたが、マークは彼らの束縛を離れてより自由奔放にサウンドを作り上げています。まるで異なるサウンドながら、紛れもなくザ・フォールのサウンドです。

 ジュリアのピアノやヒッチコックによるストリングスも交えながら、自由度の高いガレージ・サウンドが素晴らしいです。新メンバーも短期間ですっかりなじんでおり、三つのパートからなる組曲形式のコンセプト・アルバムめいた建付けも新鮮です。なかなかどうして傑作です。

参照:"Renegade" Mark E Smith (Penguine)

The Marshall Suite / The Fall (1999 Artful)