誰もが驚いたカンの再結成作品です。制作は1986年ですが、発表は1989年、デビュー作から20年、最後の作品から10年の節目に唐突に発表されました。この頃には現役時代とは比較にならないほどカンは知名度を上げていましたから、さらに驚きは深かった。

 この再結成には素敵な話があります。初代ボーカリストで芸術家肌のマルコム・ムーニーは精神が不安定で、ついに医者の説得に応じて米国に戻ってしまいました。2枚目のアルバムの制作途中です。彼の後をついだのは謎の日本人ダモ鈴木でした。

 しかし、ダモも5年ほどで突然叫びながらステージを降り、そのまま脱退してしまいます。困ったカンの4人は何とかマルコムの居場所を突き止め、再びカンに参加するように要請するとともにドイツ行きの航空券を送りました。しかし、マルコムからはなしのつぶてでした。

 そして15年後、マルコムは肘掛け椅子の脇にはさまった航空券を発見します。どうした風の吹き回しか、今度はマルコムからカンの仲間に連絡をとりました。こんな経緯があったがためにカンはすんなり再結成することになったということです。素敵ですね。

 マルコムにミヒャエル・カローリ、イルミン・シュミット、ヤキ・リーベツァイト、ホルガー・シューカイというラインナップが揃ってアルバムを制作するのはデビュー作「モンスター・ムーヴィー」以来のことです。結果的にカンの歴史の中で最初と最後がこのメンバーとなります。

 となると当然、本作「ライト・タイム」と「モンスター・ムーヴィー」を比べてしまうのですが、本人たちはそんなことには全く無頓着な様子です。常に前向きに実験的な音楽を追及してきたカンらしいです。よくある再結成劇とはまるで異なります。かっこいいです。

 さて、南仏にあるカローリの自宅を兼ねたアウター・スペース・スタジオに揃った5人はセッション形式で本作品を録音しました。1986年のことです。この素材を1988年にカローリとシューカイがミキシングなどを行い、最終的にシューカイが仕上げをして本作は完成しました。

 デビュー作はわずか2トラックの機材に録音されたローファイで呪術的なサウンドでしたけれども、その後20年間の間に録音機材は長足の進歩を遂げていますし、カンのメンバーの技術力も格段に上がっています。同じようなサウンドになるはずはありませんでしたね。

 マルコムの声は歳を重ねて渋くなりましたし、四人の演奏もお団子状の混沌ではなく、各楽器の分離も良く随分すっきりしています。しかし、シューカイの貢献が極めて大きいため、晩年のカンとも異なるサウンドで、私はむしろシューカイのソロを思い出しました。

 全体の雰囲気は飄々としており、立体感のあるサウンドが展開します。中でもヤキのドラムがやはりいいです。まんま「ギヴ・ザ・ドラマー・サム」なんて曲があるように彼のマシーンのようなドラムが大活躍しています。一打一打が染みるんです。最も好きなドラマーの一人です。

 イルミンは「CANがCANをやったにすぎない」と評しているそうですが、過去作の繰り返しではありませんし、実にカンらしい未来志向サウンドの機材改良版とでもいえる趣きです。嫌いな言い方ですけれども、大人のロックの風格が漂う作品だと思います。

Rite Time / Can (1989 Mute)