マイルス・デイヴィスとギル・エヴァンスのコラボレーションによるジャズ・オーケストレーション第三弾は「スケッチ・オブ・スペイン」と題され、スペイン尽くしの一枚となっています。これほど明確にテーマを設定したアルバムというのもジャズには珍しい気がします。

 きっかけはマイルスが友人に勧められて、スペインの作曲家ホアキン・ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」を聴いたことです。「まいった、たいしたメロディーの動きじゃないか」と思い、「メロディーが頭から離れられなくなったから」レコーディングを決意したということです。

 このギター協奏曲の名曲をトランペットでやってみようというところが面白いです。マイルスは何でもやる人です。さっそくマイルスはギルに電話して、レコードを渡したんだそうです。そこからお互いに心が読めるというギルとマイルスによるアルバムづくりが始まりました。

 本作品の収録曲は「アランフェス協奏曲」に加えて、まずはスペイン出身の作曲家の一人マヌエル・デ・ファリャの代表作となるバレエ音楽「恋は魔術師」から「きつね火の踊り」、そしてスペインのガリシア地方でフィールド録音された曲を取り入れた「パン・パイパー」。

 マイルスはこの「パン・パイパー」はペルー・インディアンの即興演奏だと言っていますが、コロムビアによる説明ではフィールド録音で有名なアラン・ロマックスによるアルバムからとられたことになっています。どちらにしてもスペインゆかりであることは間違いありません。

 さらに、聖週間に行列をエスコートするマーチング・バンドの曲「サエタ」はセビリア地方、最後のフラメンコを取り入れた「ソレア」はアンダルシア地方と、当初はスペイン尽くしを考えていたわけではないそうですが、結果的には見事にスペインスペインしています。

 スペインはアフリカに占領されていた過去があるために、「バグパイプやトランペットやドラムスなんかに、アフリカ的な要素が強く残っているんだ」というマイルスの発言に彼がいかにスペインに魅せられたかが解説されていると言ってよいでしょう。

 ギル・エヴァンスは楽譜に「息継ぎをする箇所まで、書き込んである」ような完璧主義者ですから、レコーディングは「本当に大変だった」とマイルスは振り返っています。もちろんいつものコンボではなく、20人を超えるミュージシャンからなる大所帯での完璧です。

 編成の中に弦楽器はハープのみという徹底した吹奏楽ぶりです。クラシック畑の楽譜が読めるミュージシャンとジャズ畑のフィーリングを持って演奏できるミュージシャンとの間でバランスをとるのに苦労した様子が目に浮かぶようです。マイルスは当然両方できる人ですから。

 一番難しかったのは、「もともとは歌のパートをトランペットで吹き、しかもほとんどを即興でやることだった」そうで、「言葉と音楽の中間というか、それを吹くのが難しかった」ということです。アラブ風だったりアフリカ風だったり、エキゾチックな中での歌うトランペットです。

 ロドリーゴはあまり気に入らなかったようです。かなりきっちりしたクラシック的な吹奏楽団によって演奏されていますけれども、確かに評価の分かれる作品です。完成度が高いと大絶賛する意見もあれば、全く無視する意見もある。とにかく何でもやってみるマイルスでした。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Sketches Of Spain / Miles Davis (1973 Columbia)