キャバレー・ヴォルテール、通称キャブスは英国ポスト・パンクの重要バンドの一つです。そのエレクトロニクスを駆使したインダストリアル・サウンドは後のクラブ・ミュージックにも大きな影響を与えたと言われています。スティーヴン・マリンダーはその創設者の一人です。

 本作品は1982年に発表されたスティーヴンのソロ・デビュー作「パウ・ワウ」です。次のソロ・アルバムが発表されるのは実に2019年のことですから、本作品は長らくスティーヴンの唯一のソロ作品として知られていました。

 この間スティーヴンは活動していなかったわけではありません。そもそもとても真面目なバンド、キャブスを創設したくらいですから、その活動も真面目そのものです。キャブスの他にも数多くのレコードを作ったり、プロデュースしたりしています。

 さらには主にオーストラリアを拠点にジャーナリストとして活動するかたわら、2011年には音楽関係でPhDを取得しています。そうして2019年には2枚目のソロ・アルバムですからまったくその活動は途切れていません。大した人です。

 本作品はキャブスの活動の絶頂期にキャブスのスタジオで制作されています。昼間はキャブスのレコーディングを行い、夜になると一人で本作品を作っていたのだそうです。「当時はほとんど寝てないなあ」とスティーヴンは懐かしそうです。

 スティーヴンによれば本作品は8トラックで録音されていますから、8トラック分のレコーディングを一人でこなしています。録音ボタンを押すと同時に楽器に飛びついて演奏したようで、「その意味ではライブだ」と本人は言っています。

 「私はいつもリズムを中心に見ていた。だからカウンター・リズムを重ねていくことが好きだったんだ」そうで、ドラム・マシーンを駆使してさまざまなグルーヴを生み出しては編集していくような作風です。ファンクではないリズムのありようです。

 「ドラム、ギター、キーボード、トランペット、パーカッション、テープなどすべてを演奏し、録音してプロデュースするのはとても楽しかった。プリンスは私の真似をしているんだ」と余裕のジョークをかますスティーヴンです。

 サウンドはキャブス同様、エレクトロニクスを駆使したアートなロックなのですが、キャブスよりもリラックスした感覚が楽しいです。エレクトロニクスは当時ですからとてもプリミティブなもので、そのよれっとした感じがこのリラックス感覚にぴったりと合っています。

 本作品はカナダのサクション・レコードのサブ・レーベルでポスト・パンクにフォーカスしたアイス・マシーンから発表されました。シングルやコンピ盤収録曲を追加した丁寧な仕様での再発です。評判の高いジャケットもオリジナルに忠実に再現されています。

 スティーヴンは「私たちはロックを放り投げることと同様に、何が出てくるのかを見るためにロックをひっくり返すことに興味があったんだ。新しいマジックが登場する感覚があったんだよ。」と当時を振り返っています。確かにわくわくした感じが伝わってくるアルバムです。

Pow-Wow / Stephen Mallinder (1982 Fetish)