ジョージ・ガーシュウィンはアメリカの誇りです。そのガーシュウィンが1935年に作曲したミュージカル「ポーギーとベス」は大いに人気を博しており、ジャズ界からもルイ・アームストロングやエラ・フィッツジェラルドなどの大御所がカバー・アルバムを発表していました。

 ジョージ・アヴァキャンの後を継いだコロムビアのカル・ランプリーは、「ポーギーとベス」の映画製作が進んでいることもあり、何とかこの人気にあやかろうと、ギル・エヴァンスとマイルス・デイヴィスとのコラボレーションによる本作品を企画します。

 この企画は結果的に大当たりし、長らくマイルスのアルバムの中で最も売れたレコードとして君臨することになります。ギル・エヴァンスとマイルスのコラボレーション3部作の二番目の作品として人気とともに評価も極めて高いアルバムになりました。

 ギルは大胆に曲順を変更し、さらにオリジナル曲「ゴーン」を加えることで、見事に「ポーギーとベス」を自分のものとし、マイルスの最高のプレイを引き出します。ガーシュウィンが聴いたとしたらどう思ったかは神のみぞ知ることです。

 マイルスはレコーディングについて、「人間の声に近いサウンドを作り出さなきゃならないパートがいくつかあったりして、とても楽しかった」と感想を綴っています。一方で、過去最も苦労したレコーディングにも本作品を挙げています。

 その理由は「なぜって、『ベス・イズ・マイ・ウーマン』というセリフを、八回も意味を変えて吹かなきゃならなかったんだから」ということだそうです。この発言が本作品でのマイルスの位相を見事に表現していると思います。本当に歌っているようです。

 たとえば「愛するポーギー」では、ギルの「アレンジにはコードがなく、オレが演奏する音階だけが書かれていた。ギルは、それに基づくオレの演奏を、コードを二つだけ使ったその他の楽器のヴォイシングに当てはめた」のだそうです。自由で広々とした空間の秘密です。

 こうしたギルの知的なアレンジを演奏するメンバーは、総勢19人のオーケストラです。ビッグ・バンド・ジャズというよりもジャズによるオーケストラ、トランペット協奏曲とでも言える作風です。マイルスはフレンチ・ホルンを多用しているのですが。

 当時のセクステットからはポール・チェンバースとフィリー・ジョー・ジョーンズもしくはジミー・コブのリズム隊が参加しています。「『ポーギーとベス』のようなありきたりの曲には、普通のサウンドとミュージシャンで十分だった」ので大半がスタジオ・ミュージシャンです。

 「サックス・セクションから浮き上がってしまいそうだったから、トレーンとキャノンボールは使わなかった」とマイルスは書いていますが、アルバムのクレジットにはキャノンボールの名前が明記されています。いずれにせよあまり目立ちませんが。

 映画のサウンドトラックのようなアルバムとなっており、「死刑台のエレベーター」を彷彿させるところもあります。マイルスのホーンの繊細な美しさと完璧なギルのアレンジによって、セクステットとは全く異なる魅力がほとばしっています。「サマータイム」!

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Porgy And Bess / Miles Davis (1959 Columbia)