「誰だ、この人」とまず思ってしまうジャケットです。いかにもロックン・ロールなソロ歌手然としたこの男は誰あろうピンク・フロイドのギタリスト、デヴィッド・ギルモアではありませんか。二作目のソロ・アルバムはヒプノシス・ジャケットだった前作とは雰囲気が大きく異なります。

 レコード会社も困ったことでしょう。そこでひねり出したと思われるのが「狂気のプロフィール」という邦題です。収録曲の中にも「狂った恋人たち」なる邦題が見当たります。何とかしてピンク・フロイドに寄せていこうとする姿勢がありありと見えます。

 前作がさほど有名でない旧友二人と作り上げたアルバムだったのに対し、今回は豪華ゲスト陣を迎えて派手な話題に事欠きません。それに、ピンク・フロイドの禁を破って、ギルモアはさまざまなメディアに露出して、インタビューも多数こなしています。

 この作品が発表されたのはピンク・フロイドの「ファイナル・カット」の後、「鬱」の前です。すなわちピンク・フロイドからロジャー・ウォーターズが脱退し、ウォーターズ抜きでフロイドが始動するまでの間ということです。激動の時期です。

 ギルモアとしてはピンク・フロイドの活動がどうなるか分からない中で、バンドを離れてソロとしてやっていけるかどうかを世に問う意気込みがあったものと思われます。そのために豪華ゲストを交えていろいろとやってみた、そんな作品です。

 核となるバンドは、ギターとボーカルのギルモアに加え、ドラムにTOTOのジェフ・ポーカロ、ポール・ヤングの大ヒット・デビュー作を支えたベースのピノ・パラディーノとキーボードのイアン・キューリーの四人です。パラディーノは後にザ・フーを始め、大活躍するベーシストです。

 ゲストとしては、大スターのスティーヴ・ウィンウッド、アート・オブ・ノイズのアン・ダッドリー、ディープ・パープルのジョン・ロードなどの大物が並びます。さらにザ・フーの頭脳ピート・タウンジェントが2曲を作詞しています。その一つが「狂った恋人たち」です。

 プロデュースには「ザ・ウォール」を手掛けたボブ・エズリンがあたっており、分厚いホーン陣やオーケストラを起用して、ドラマチックなサウンドを作り上げることに貢献しています。エズリンはこの後フロイドの「鬱」や「対」を手掛けることになりますから相性が良かったんでしょう。

 本作品ではポップな作風が話題となりました。しかし、「おせっかい」あたりのピンク・フロイドと比べるとかなり違うものの、エズリン・プロデュースの「ザ・ウォール」などとはそれほど大きく隔たっているわけではなく、私はピンク・フロイドっぽいと思いました。

 むしろ、ジェフ・ポーカロがこういうドラムを叩くんだと認識を新たにしました。ギルモアの曲作りと演奏はピンク・フロイドと地続きで、多彩な音楽を披露してはいても紛れもないギルモア印が刻印されています。その意味ではとても安心して聴ける作品です。

 いつものギター・プレイが堪能できる作品はそこそこのヒットを記録しています。ピンク・フロイドのモンスターぶりはありませんが、フロイド・ロスを感じている人たちに癒しと渇きを同時に与えたことが分かります。暖かい光を包み込むようなそっと聴きたい作品です。

About Face / David Gilmour (1984 Harvest)