「ジャズの帝王が若き日にクール・ジャズの礎を築いたジャズ史に残る金字塔」です。まずタイトルがいいです。「クールの誕生」!ビバップの熱い演奏に対して知的な抑制の効いたジャズという意味でクール。クール・ジャズは一つのジャンルとなっていきます。

 しかし、このアルバム・タイトルは後付けです。レコーディングされたのは1949年1月から翌年3月までの間で、もとは3枚のSP盤として発表されており、その後、LPが誕生すると10インチLPとなり、さらに1957年に12インチ化され、そこで「クールの誕生」と命名されました。

 要するに本作品のようなジャズが、クール・ジャズと呼ばれて流行ることとなったため、これが元祖だぞ、という意味合いで「クールの誕生」と名付けられたということです。一つのジャンルの誕生を促したアルバムという意味では歴史的な意味合いが強いです。

 マイルス・デイヴィスは1948年夏から1950年3月までの間、9人編成のバンド、すなわちノネットで活動します。「自分が考えるスタイルでソロが取れるような表現方法を求めていた」マイルスはギル・エヴァンス、ジェリー・マリガンの3人でグループを作ることを考えます。

 ギルは当時クロード・ソーンヒル楽団の仕事を辞めて、チャーリー・パーカーに作編曲の仕事を売り込んでおり、そのつながりでマイルスと意気投合しています。バリトン・サックスのマリガンもアレンジャーとして活躍していた人で当時はギルと同居していた模様です。

 「マイルス・デイヴィス・ノネット:編曲ジェリー・マリガン、ギル・エヴァンス、ジョン・ルイス」はカウント・ベイシー・オーケストラの前座としてデビューしています。このノネットは「実験的なサウンドだったから、ほとんどの客はオレ達の演奏を不思議に思ったよう」です。

 とはいえ、それは主にビバップのオーディエンスの反応で、「気軽に聴ける、理解しやすい音楽が好きだった」白人連中には人気を博しました。ビバップに比べると「ちょっとは優しく、メインストリームに近いところまで持っていったんだ」ということになります。

 杉田宏樹氏がライナーで「初心者向きの分かりやすい音楽ではない」と書いていますが、しっかりと編曲された折り目正しいサウンドですから、私などからすればとてもわかりやすい音楽です。ジャズ愛好家の杉田氏と根がロックな私との違いがここに表れます。

 マイルスは後に本作について、ビバップがルーツだとして、「少しばかり違う方向を向いてはいたが、ちょっと白っぽく味付けして、白人にも消化しやすくしただけのものだった」と語っています。さらにはデューク・エリントンから出発しているとも。

 後の多くのコラボ作品を残すマイルスとギル・エヴァンスですが、意外にも最初のコラボとされる本作品でギルが編曲を担当しているのは1曲にすぎません。マリガンやMJQのルイスの編曲が目立っています。マイルスのリーダーシップの下で制作されたというべきです。

 ディズことディジー・ガレスピーに代表される激烈なビバップに対して、繊細なサウンドを持つマイルスがこうした作品を発表するのは必然だったのでしょう。ディズやパーカーの元から飛び出そうとするマイルスの志向を現実化したアルバムです。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Birth of the Cool / Miles Davis (1957 Capitol)