私はこのアルバムを聴いてマイルス・デイヴィスを好きになりました。マイルスの名作の数々を差し置いてなんですけれども、私が推測するにロックを中心に音楽を聴いてきた人にはそういう人が多いのではないでしょうか。

 本作品は「シネ・ジャズの最高峰として色褪せない、帝王マイルス・デイヴィス初の映画音楽」作品です。相対する映画はフランスの巨匠ルイ・マル監督のデビュー作にして傑作の誉れ高い「死刑台のエレベーター」です。

 このアルバムはもともとフランスで10インチLPとして発表され、その後12インチとして米国で発表された際に6曲、CD化に際してさらに10曲の未発表テイクが追加されました。手元の紙ジャケCDは当初のCDと異なり、オリジナルをちゃんと先に置く嬉しい仕様です。

 マイルスは1957年暮れにフランスに飛んで、そこを拠点にヨーロッパで都合5回のコンサートを開催したほか、パリのクラブ・サンジェルマンに1週間出演します。マイルスはクラブはいつも超満員だったと言っていますが、コンサートはどうやら今一つだったようです。

 メンバーはマイルス以外はフランスのミュージシャンで、ケニー・クラークのドラム、ピエール・ミシュロのベース、バルネ・ウィランのサックス、ルネ・ウルトルジュのピアノという構成でした。ジャズはこういうことが出来るからいいですよね。

 映画音楽の話は、マイルスが空港に着いてから相談されたそうです。興味をもったマイルスはまず映画の試写を見ています。その後、コンサート・ツアーに出て、実際に本作品のセッションが行われたのは試写から2週間後です。その間、マイルスは構想を練っていました。

 本作のセッションは12月4日の夜に行われ、わずか4時間で全てを録り終えたそうです。ルイ・マルが音楽をつけてほしい場面だけを何度も繰り返し映写し、その前で演奏が行われました。その場で即興的に音楽をつけたという伝説はここから来たのでしょう。

 CD化に際して挿入された未発表テイクが興味をそそります。7曲16テイクが収められており、その中から映画に使われた曲が切り出されているのが分かります。それもたとえば「暗殺」は3テイクがそれぞれ別の曲としてサントラに使われているといった塩梅です。

 そして、最も肝心のところですが、オリジナル・サウンドトラックは明らかに音が加工されています。主にエコー処理でしょうが、そのおかげでマイルスのトランペットがまるでアンビエント的なんです。全体に音数を抑えたサウンドもとてもアンビエント、冷やっこいです。

 ここがロック耳の私のツボにはまりました。私としては「アンビエント・ジャズ」とでも呼びたいところです。私は映画に主演しているジャンヌ・モローの語りを思い出しました。ポスト・パンクの名作「ブリュッセルより愛をこめて」収録のフランス語によるアンビエントな語りです。

 アルバムには私の最も敬愛する作家ボリス・ヴィアンが文章を寄せています。「モーテルのディナー」でのマイルスの唇の薄皮がマウスピースに詰まったままのサウンドを激賞しています。熱狂的なジャズ・ファンだったヴィアンをうならせたマイルス。さすがです。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Ascenseur pour L'échafaud / Miles Davis (1958 Fontana)