マイルス・デイヴィス・クインテットのマラソン・セッション、現在進行形4部作の最後の作品です。ジャケットの感じがかなり前3作と異なります。これは本作品の発表が1961年であることと関係しているでしょう。60年代仕様です。

 マラソン、マラソンと言いますが、セッションは2回あって、それぞれのセッションはCDならば1枚に収まってしまいます。そう思えば、演奏はマラソンというほどの長さではありません。むしろ、全部発表するのに4年かかったことがマラソンという言葉に相応しいです。

 この作品は四部作のとりを務めるにも関わらず、録音は1956年5月11日のセッションからの曲が大半を占めています。10月26日のセッションからはモンク作の「ウェル・ユー・ニードント」のみです。時系列でいえば「ワーキン」の次にくればちょうど良いです。

 最後の作品ですから残り物かといえばそんなことはありません。そこがまた当時のクインテットの凄いところで、全曲が傑作という絶頂期ならではの演奏です。しかも演奏から5年を経過して、なお発表時に高い評価を得たというのがまた凄い。

 アルバムの中で注目したいのはディジー・ガレスピーの「ソルト・ピーナッツ」を取り上げていることです。ディズの芸人魂が炸裂する曲ですが、肝心な♪ソルト・ピーナッツ♪の掛け声は省略され、器楽だけでこの高速ビートが炸裂します。

 マイルスにとっては憧れの大先輩ディズのはっちゃけたトランペットを、ジョン・コルトレーンにとってはチャーリー・パーカーのサックスをやっつけるわけですから、それは気合が入ったことでしょう。フィリー・ジョー・ジョーンズのドラム・ロールも素晴らしいです。

 マラソン・セッションはマイルスの歌心があふれる聴かせるトランペットが中心で、「ソルト・ピーナッツ」のようなアップテンポの攻撃的な曲はあまりありませんから貴重です。とはいえ、猥雑さは薄められていて、しゅっとした塩ピーナッツになっています。

 むしろ、やはり「サムシング・アイ・ドリームド・ラスト・ナイト」のトランペットがマラソン・セッションを代表するサウンドでしょう。ここではコルトレーンのサックスはお休みしており、レッド・ガーランドのピアノによるサポートが麗しいです。

 そして、フィリー・ジョーのドラムとポール・チェンバースのベースによるリズムは盤石です。クールなマイルスのサウンドを実現する上ではかかせない存在だったことでしょう。1960年代に入ってなお新鮮に響いた格調高いサウンドです。

 このアルバムが発表された頃にはすでに「カインド・オブ・ブルー」や「スケッチ・オブ・スペイン」などの傑作が発表されていました。マイルスは次のステージに移っていたわけですけれども、このクインテットの人気はなお高かったことを証明したのだと思います。

 クインテットは残念ながらコルトレーンのフィリー・ジョーのドラッグ問題に端を発する素行不良で二人がくびになることで終止符が打たれることになります。嵐のような展開ですが、1950年代のモダンジャズ疾風怒濤時代には相応しい話かもしれません。 

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Steamin' with the Miles Davis Quintet / The Miles Davis Quintet (1961 Prestige)