マイルス・デイヴィスのクインテットによる世に名高いいわゆるマラソン・セッションを記録した四部作の第一作が本作「クッキン」です。この四部作はいずれも現在進行形の動詞がタイトルに使われていて、統一感を醸し出しています。

 クインテットはマイルス初のレギュラー・バンドで、マイルスのトランペット、ジョン・コルトレーンのテナー・サックス、レッド・ガーランドのピアノ、ポール・チェンバースのベース、フィリー・ジョー・ジョーンズのドラムのクインテットです。

 録音は1956年10月、ルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオにてほぼ一発で録音されました。長時間の演奏にも関わらず、そのすべてが名演とされていますから、このクインテットの力量たるや凄まじいものがあります。

 マイルスの苦しい時期を支えたとはいえ、人気が出てきても正当に報いることができないプレスティッジに見切りをつけて、メジャー・レーベルのコロンビアに移籍することとしたマイルスにとって、このセッションはプレスティッジとの契約上の義務を果たす意味がありました。

 そういうモチベーションのもとでこんな傑作をものするわけですから、これまた凄い話です。ヴァン・モリソンのバング・レコードへの悪名高い契約のためだけの録音とはえらい違いです。やはりマイルスは義理堅くてまじめです。

 このセッションはマイルスも「この四枚のレコーディングじゃ、本当にすばらしい演奏ができて、今でも大いに誇りに思っている」と語っています。よほど満足のいく演奏だったのでしょう。まあこれで不満だと言われても、困ってしまいますが。

 プレスティッジのボブ・ワインスタインにしてみれば、長尺のセッションをどのようにLP化するか大いに迷ったことでしょうが、その作業は楽しかったことでしょう。「クッキン」は最初のアルバムですから、厳選に厳選を重ねたのでしょうね。案の定、一番人気のアルバムです。

 冒頭には本作を代表する「マイ・ファニー・バレンタイン」が置かれ、本作品は一味違うぞということを思い知らせてくれます。コルトレーンのサックスは入っておらず、マイルスの情感豊かなワン・ホーンで展開するバラードの名演です。

 続いてガーランドの「ブルース・バイ・ファイブ」、ソニー・ロリンズ作の「エアジン」とコルトレーンが活躍するナンバーが続き、最後はマイルス作の「チューン・アップ」からベニー・カーターとスペンサー・ウィリアムスの「ホエン・ライツ・アー・ロウ」のメドレーとなります。

 トランペットの音色はサックスとは異なり、スローな曲になるとどうしてもよろよろしたり、裏返ったりします。そこが得も言われぬ滋味を感じさせてくれるわけで、マイルスの場合は特にそうしたバラードでのプレイが際立っています。わびさびプレイですね。

 ブルーノートのジャケットで知られるリード・マイルスによる水墨画のようなジャケットがクインテットのサウンドをうまく表しています。太さの異なる5本の筆がそれぞれ一気に線を描いていくようなそんなイメージです。ビバップ史上に残る傑作と言われるだけのことはあります。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Cookin' / Miles Davis Quintet (1957 Prestige)