マイルス・デイヴィスのバンドの中でも1,2を争う伝説のラインナップによるデビュー作品です。もともとは「マイルス」と単純明快なタイトルが付けられていますが、バンド名「ニュー・マイルス・デイヴィス・クインテット」の方がスタンダードになっています。

 そもそも「マイルス」では余りに他のアルバムとの差別化ができませんし、マイルスの初めてのレギュラー・バンドのデビュー作ですから、同じく一般名称だとしてもバンド名の方がマイルス史上はぴったりきます。

 このラインナップはとにかく素晴らしい作品を残します。マイルスのトランペット、ジョン・コルトレーンのテナー・サックス、レッド・ガーランドのピアノ、ポール・チェンバースのベースにフィリー・ジョー・ジョーンズのドラムス、ジャズ史に名を残すラインナップです。

 マイルスはこの頃、プレスティッジから大手のコロンビアに移籍する途上にあったために、カタログは少しごたごたしています。このクインテットは実は本作品より先にコロンビアに録音していますが、契約の関係で陽の目を見たのはこちらが先でした。

 というわけで、レコード上はこちらがクインテットのデビュー作となります。録音日時は1955年11月16日、場所はルディ・ヴァン・ゲルダ―のスタジオです。曲はデューク・エリントンの「ジャスト・スクイーズ・ミー」などスタンダードが中心です。

 これまでマイルスのレギュラー・バンド構想はソニー・ロリンズやキャノンボール・アダレイに逃げられたりして、なかなか実現しませんでした。今回も一度コルトレーンがやめてしまうなど紆余曲折がありましたけれども、今度ばかりはなんとかうまくいきました。

 ニューポート・ジャズ・フェスティバルでの成功で俄然注目を集めたマイルスは、ニューヨークの「カフェ・ボヘミア」でレギュラーとして演奏することとなり、そのためのバンドを結成します。テナーにはソニー・ロリンズが期待されていましたが、行方をくらましてしまいました。

 そこで加入したのがフィリー・ジョーが連れてきたコルトレーンでした。一度彼も故郷に帰ってしまいますが、結局バンドに戻り、それからは怒涛の快進撃が始まりました。このクインテットは演奏を重ねるたびにどんどん凄くなり、クラブはいつも超満員となります。

 本作品はそんなクインテットがプレスティッジに残した録音です。ただし、マイルスは、「決して悪い出来じゃなかったが、次のレコードでオレ達がやったことに比べたら、取るに足らないものだった」と聴こうとするこちらの出鼻をくじきます。

 このクインテットは数々の名作を残しますから、相対的には分が悪いのは確かでしょう。しかし、この伝説のクインテットの作品が悪かろうはずがありません。ジャズやポップのスタンダードを若々しく演奏するサウンドは穏やかな魅力にあふれています。

 混沌というよりも実に端正な演奏が詰まっています。コルトレーンのサックスも軽やかなトーンですし、リズム・セクションも折り目正しい。マイルスのトランペットもいつにましてソフトなタッチで気持ちがいいです。やはり上り調子のバンドは違います。

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)

Miles / Miles Davis (1956 Prestige)