2002年にリリースされたアルバム「イン・タイム」から実に18年ぶりに登場したチャリ・チャリのサード・アルバム「ウィ・ヒアー・ザ・ラスト・ディケイズ・ドリーミング」です。チャリ・チャリは世界に誇るDJ/プロデューサー井上薫のオウン・プロジェクトです。

 井上自身の活動は一時も途切れることはなく、自身のレーベル、シーズ・アンド・グラウンドを拠点にアルバムも発表し続けています。しかし、チャリ・チャリ名義は長らく封印されたままでした。「あたかもDJのように捉えられていくことに嫌気がさした」ことも一つの理由です。

 その後、井上は「チャリ・チャリという名義に思い入れのあるリスナーも多いことに大いに気付かされて」きました。私も「イン・タイム」は好きでしたから、思い入れ組の一人です。そこでまずはライブ・バンドとしてチャリ・チャリを組織することに思い至ります。

 この思いが結実したライブの好レスポンスを受けて、「恒常的なバンドとしてやっていけるかも」と思った井上は「さっそく作曲・レコーディングなど制作を始め」、2016年に12インチ・シングルをリリースしますが、その後、「独りで完結させる方向に舵を切り」ました。

 その結果として出来上がったのが本作品です。12インチ・シングルの2曲「フェイディング・アウェイ」と「ルナ・デ・ロボス」の二曲にギターでタカマサ・トマエ、「ブラック・シュライン」にパーカッションでマコト・ミヤタが参加している以外は完全なソロ作です。

 本作品のタイトルは、武満徹の楽曲「アイ・ヒアー・ザ・ウォーター・ドリーミング」へのオマージュであり、「全体として時代性へのレクイエムとなるものを作りたい」というアルバム制作に関するベーシックなコンセプトとの組み合わせでつけられています。

 「ザ・ラスト・ディケイズ・ドリーミング」とは「後期資本主義社会を生きてきた恩恵と損害を、時代性の夢見、というナラティブに仕立てたセンテンス」だということです。「それを楽曲にトレース」「していくことでアルバム全体が像を結んでいった」と井上は語っています。

 コロナ禍が時代を画すことになった現在を先取りしていたコンセプトです。「鎮魂することで未来を予祝しよう」とする姿勢には共感を覚えます。そんなことに思いをはせながらアルバムを聴きなおすとまた心に迫るものがあります。

 アルバムは「東京4:51」と題されたフィールド・レコーディングから始まります。世界の矛盾を一身に体現する都市の駅が録音場所に選ばれているところに、アルバムのコンセプトをまずは感じます。そこからは井上らしく縦横無尽に世界を駆け抜けていきます。
 
 井上は「学生時代かというくらいアナログ盤のディグとリスニングに再びハマっている」そうで、公式サイトの表現を借りると「現代音楽やミニマル音楽、民族音楽、アンビエント、ニュー・エイジ音楽、アヴァン電子音楽などの影響が渾然となって溶け出」しています。

 水墨画と見まごうばかりの海辺の写真を使ったジャケットのようなオブスキュアな面も持ったクールなサウンドがいいです。妙に熱を帯びないアコースティックなエレクトロニクス音楽が正々堂々と正面から迫ってきます。圧倒的に正しい音楽です。

参照:「We hear the ....雑感」 Seeds and Ground blog 20200801

We Hear The Last Decades Dreaming / Chari Chari (2020 Seeds and Ground)