さすがは時代を引っ張るアーティストです。2年10ヶ月ぶりというアルバム「ストレイ・シープ」はどこからどう聴いても大した傑作です。Jポップの現在最高の形がここにあると言ってよいのではないでしょうか。握手券も入っていませんが、あっという間にミリオンです。

 米津玄師の名前はちらほら聴いていましたが、私たちの世代にとっては紅白歌合戦の「レモン」とみんなの歌の「パプリカ」が決定的でした。世代によって情報の流れが異なるので、わりと唐突にスターが誕生したように私などは思っていました。

 ところがそうではありませんでした。米津はボカロP出身だったんですね。その後もYouTubeやニコニコ動画を中心に活動しており、道理で私なんかの耳には届かなかったはずです。こういうのってとてもいいですね。若者は独自の世界を持つべきです。

 ほぼ三年ぶりなので収録曲のうち最も古いのは2年半前に発表された大ヒット曲「レモン」です。さらに、CMに起用された「フラミンゴ」、劇場アニメ「海獣の子供」のエンディング「海の幽霊」、池井戸潤ドラマ「ノーサイド・ゲーム」の主題歌「馬と鹿」。

 「パプリカ」のセルフ・カバーも含めて、ここまでのシングルはすべて網羅するというファンのことをよく考えた実に丁寧なベスト・ヒット仕様のアルバムになっています。しかし、そこからが米津の凄いところで、アルバムは見事にコロナ禍の現在を反映しています。

 ボカロPのままであれば、実は状況はあまり変わらないわけですけれども、米津のように「1人で何かを作っていても結局意味がなくて、いろんな人間が周りにいて、その関係性で音楽を作っていくのが健全だということに気付き」進化してきた人には切実な状況です。

 本作も多くの曲で共同でアレンジを行っているのは現代音楽家の坂東祐大ですし、多くのミュージシャンとの共同作業でアルバムが作られています。バンド形態というわけではないのですが、その共同作業を慈しむかのようなサウンド作りが見事だと思います。

 サウンドはJポップの現在形で、ロック調もあれば、ファンク、ヒップホップ、フォーク、歌謡曲などさまざまな要素のミクスチャーです。サウンドの重ね方がこれまた実に丁寧で、細かい部分に耳を奪われて仕方がありません。そして衒いのないドラマチックなメロディー。

 米津の作る歌詞もまた丁寧です。妙に具体的でもありながら、適度に抽象的でもあるので耳にすんなりと響きます。ボリス・ヴィアン・フリークの私としては、「感電」の♪肺に睡蓮♪がツボにはまりました。♪ワンワンワン♪、♪ニャーニャーニャー♪ゆうてる曲ですが。

 斜に構えるのがデフォルトだった私の世代からすれば、米津と彼を支持する若者たちのまっすぐさが眩しいです。コロナ禍にも正面からぶつかり、自分の楽曲の世に与える影響に対して責任を受けとめる。「性懲りもなく迷ってる」というアルバムは重いです。

 ジャケットのイラストも米津本人です。大友克洋から始まる系譜につながる見事な作品です。ここでは宝石が大きな役割を果たしています。「たくさんの傷が付いて」光を反射する宝石ができていく。そこに自身を重ねている米津。もう一度言いますが眩しいです。

参照:「3年かけて磨き上げた傷だらけの宝石 米津玄師インタビュー」柴那典(音楽ナタリー)

Stray Sheep / Kenshi Yonezu (2020 Reissue)