「上海バンスキング」は1979年からオンシアター自由劇場によって上演された伝説的な音楽劇です。小劇場の公演としては記録的な15年にも及ぶ長期興行を達成した人気演目です。本作品はそのオリジナル・キャスト・アルバムで、こちらも大いに人気でした。

 演劇そのものは「バンドでつづる、黎明期のジャズマン達の恋と夢・・・」として、戦前・戦中の上海を舞台にした音楽にあふれた作品です。深作欣二監督によって1984年に映画化され、サウンドトラックは日本アカデミー賞にて優秀音楽賞を受賞しています。

 というわけですが、演劇にとんと疎かった私は、ときどきテレビでみかける女優吉田日出子がジャズを唄った企画アルバムくらいに認識していました。不明を恥じるのみです。それでもレトロ・モダンなジャケットに彩られたアルバムは好きだったんですけれども。

 「上海バンスキング」は音楽が満載されていますけれども、ミュージカルというわけではなくてあくまで音楽劇です。オンシアター自由劇場も劇団四季などとは異なり、音楽を基準に選ばれた役者さんで構成されているわけではありません。

 本作品の制作にあたってはプロの演奏家でバンドを編成する案もあったそうですが、結局、劇団員オーケストラを主軸とすることになりました。ただし、リズム・セクションだけはスタジオ・ミュージシャンを入れています。これは英断でしょう。演奏がぐっと締まります。

 劇団員によるオーケストラには、今でもテレビで大活躍している小日向文世や笹野高史、「相棒」でお馴染みの大谷亮介などの名前が見られるのが嬉しいです。本当に音楽素人の劇団員が演奏しているのかと思うと感動的です。

 音楽監督は自由劇場の音楽を長く担当する越部信義です。全曲の編曲を担当することに加えて、テーマ曲ともいえる「ウェルカム上海」の作曲、さらにはバンドの演奏指導など八面六臂の大活躍をみせています。モダンかつレトロなジャズの雰囲気がリアルです。

 アルバム・ジャケットには「吉田日出子ファースト」の文字が描かれており、この作品は一般に吉田日出子名義の作品となっています。それだけ主演の吉田の活躍が際立っています。吉田は本作品でユニークなジャズ・シンガーとして人気と評価を獲得します。

 ここで歌われるのは演劇の舞台となった戦前の日本で歌われたジャズのスタンダードが中心です。「月光価千金」」や「セントルイス・ブルース」、「上海リル」や「リンゴの木の下で」など馴染み深い楽曲を吉田が実に楽しそうにスウィングしながら歌っています。

 劇団バンドも頑張っており、客として来た軍人の命で「海ゆかば」を演奏するも途中からジャズになっていく曲や、「スウィング・ガールズ」とためをはる「スィング・スィング・スィング」など生きのいい演奏がとても楽しいです。リズムがしっかりしているので安心ですし。

 古いのか新しいのか、過去なのか未来なのか、まるで異世界に思える戦前の上海を舞台に繰り広げられるレトロ・モダンな世界はまさに夢の舞台です。吉田日出子の戦前ぶりが凄くて圧倒されます。戦前の乱痴気騒ぎをここまで見事に描いた作品は他にありません。

Shanghai Vanceking / Hideko Yoshida (1981 キング)