1970年の大阪万博は私にとって初めて世界を身近に感じたイベントでした。世界各国のパビリオンで繰り広げられた展示はどれもこれもが異世界でした。音楽の面でもドイツ館で見たシュトックハウゼンは今に至るも私の脳裏に深く刻み込まれています。

 デヴィッド・チュードアも大阪万博に参加しています。アートとテクノロジーの実験プロジェクトが行われたペプシ館です。基本デザイン構想はチュードアやロバート・ラウシェンバーグなどのアーティストが担当し、ビリー・クルーヴァーなどのエンジニアが実現を担っています。

 鏡のドームに37台のスピーカーを配置し、さまざまな音響と映像を連動させるプロジェクトだったようで、経験していないのが大変残念です。当時、私は10歳でしたから理解はできなかったでしょうが、シュトックハウゼン同様、脳に刻印されていたかもしれません。

 本作品はチュードアがペプシ館プロジェクトのために委嘱されて制作した作品を新たに録音した発展作です。イタリアのクランプス・レコードによるノヴァ・ムジカ・シリーズの一つとして1978年に発表されました。題して「マイクロフォン」です。

 チュードアは1926年生まれですから、この時すでに52歳です。10代のころは教会でオルガンを弾いていましたが、26歳の時にニューヨークでピエール・ブーレーズの「ピアノ協奏曲第二番」の米国での初演をこなしたことで現代音楽界で一気に名をはせました。

 その後、ピアニストとして数々のアーティストとコラボレートしますが、中でもジョン・ケージとの関係は深いです。ケージの問題作「4分33秒」を初演したのもチュードアです。1970年頃までケージはほぼすべての作品をチュードアを念頭に作っていたそうです。

 チュードアは1960年代の終わりにはピアニストであることをやめて、電子音楽に完全にシフトします。それもライブ演奏です。今と違って電子楽器が簡単に使えるわけではないので、音源をテープに録音して、それを組み合わせてライブ演奏しています。

 本作品はミルズ大学の現代音楽センターにて1973年5月に録音されたテープを組み合わせたものです。ミックスAとミックスBに分かれており、Aは3本、Bは6本のステレオ・テープが組み合わされているということです。聴き分け不能ですが。

 解説がとても分かりにくいのですが、テープの音源は曲名となっているマイクロフォンのフィードバック音だと思われます。要するに電子ノイズです。「まるで目の前で怪物が雄叫びを上げているかのような」耳障りなノイズです。典型的な前衛音楽型ノイズ・サウンドです。

 ロック側からアプローチするノイズ音楽に比べると、エンターテインメントであろうとする要素はありませんし、感情をのせようというつもりがない分、とても純粋です。十分に音の隙間をとってサウンドを慈しむように提示しています。ノイズの豊潤な世界が現前します。

 チュードアは「恐竜の咆哮が先史時代の洞窟に反響」、「何だか分からない生物の臆病で優しい鳴き声」と自身のライブ・エレクトロニクス・サウンドを評しています。ノイズ音楽のお手本たるべき素敵なサウンドにふさわしい表現です。

Microphone / David Tudor (1978 Cramps)