世界最高のピアニストとも言われるマルタ・アルゲリッチが1972年にドイツ・グラモフォンから発表したアルバムです。曲目はリストのピアノ・ソナタロ短調とシューマンのピアノ・ソナタ第二番ト短調です。A面B面に一曲づつ、とても潔いアルバムです。

 アルゲリッチは指揮者のシャルル・デュトワと1969年に結婚し、1973年に離婚していますから、このアルバムを発表した1972年はちょうどその間ということになります。娘さんも誕生し、私生活は充実していた余裕がある時期だったということでしょうか。

 ゴシップついでに、リストとシューマンはお互いを認め合いつつも、全然合わなかったという話が面白いです。このアルバムの解説を書いているフレッド・リツェル氏は、お互いが喧嘩に至らなかったのはシューマンが早くに亡くなったからだと言っています。

 ここに収録されたリストのピアノ・ソナタは1952年ころに書かれた作品で、なんとシューマンに捧げられています。しかし、シューマンはこれを全く喜ばなかったそうです。二人の音楽スタイルがまるで異なることがその大きな要因です。

 それを知って、シューマンのピアノ・ソナタ第二番とカップリングしたのはアルゲリッチのアイデアなのか何なのか。二つの曲を対比させることで、よりアルゲリッチのピアノが堪能できるという仕組みになっているのでしょう。華やかで面白いです。

 再びリツェル氏に登場願うと、リストのピアノ・ソナタは古典的なソナタ形式からは大きく逸脱しており、シューマンが20年前にピアノ・ソナタ第二番を作曲した時には考えられもしなかった形だということです。そこが古典に忠実なシューマンとは違うと。

 リストのピアノ・ソナタは出だしからして、かなり激しくピアノを叩きます。私などはついついキース・エマーソンを思い出しました。アルゲリッチのがんがん叩くスタイルはEL&P的プログレッシブ・ロック・スタイルのように聴こえます。

 あるいはジャズとしてもいけそうな闊達な鍵盤さばきが素敵です。アルゲリッチのロックやジャズも聴いてみたいなと思わせるかっこいい演奏です。5つの主題による大河ドラマのようなドラマチックな展開を追うよりも、緩急交えたアグレッシブな演奏に耳がいきます。

 シューマンのピアノ・ソナタ第二番はシューマンのピアノ・ソナタの中でも最も濃密で問題の少ない作品だということで、リストのピアノ・ソナタとは対照的だとされるのですが、同じアルゲリッチが演奏していることもあって、私にはまるで違和感なく続けて聴けます。

 形式はともあれ、シューマンのソナタも熱く一触即発ムードですから、こちらもアグレッシブなアルゲリッチの演奏がとてもよく似合います。強いて言えば、同じプログレでもこちらはリック・ウェイクマン的かなと思います。刀を刺したりはせず、浪漫を忘れない。

 とてもいいカップリングです。派手なエンターテインメント要素満載の曲をとても前のめりなアグレッシブに演奏するアルゲリッチはとてもかっこいいです。息つく暇もないプログレッシブな演奏にはライブハウスが似合いそうです。

Liszt : Sonate h-Moll, Schumann : Sonate g-Moll / Martha Argerich (1972 Deutsche Grammophon)