ノラ・ジョーンズの思いがけないアルバムが発表されました。彼女は前作でコンセプトと紹介された「ソング・オブ・ザ・モーメント」シリーズとして、曲ができたらすぐに出すことを続けており、2019年も4曲を配信リリースしていました。

 「しばらく『アルバムを作る』という作業に背を向けていた」わけです。前作「ビギン・アゲイン」は配信リリース曲をまとめた編集盤的な性格も濃厚でしたから、アルバムを作ろうとして作ったアルバムとしてはその前の「デイ・ブレイクス」からほぼ4年ぶりです。

 とはいえ本作はアルバムを作ろうとして一から作ったわけではありません。配信リリース曲を制作したセッションで余分に録っておいた曲が「2年の間にけっこう貯まって、なんだかすごく気になるようになっ」て、それがアルバムのもとになっています。

 ノラはそうした曲に「不思議と一貫した特色があるんじゃないか」と気づき、「これまでで一番クリエイティヴな気分」で本作が仕上げられました。配信リリース曲は一切収録されておらず、余分に録っておいた曲が中心的な役割を果たしています。

 たとえば、ノラが若い頃から大ファンだというドラムのブライアン・ブレイド、ベースのクリストファー・トーマスとのセッションからは「イット・ワズ・ユー」他が前作に収録されていましたが、このアルバムにも3曲が収録されています。

 「ハーツ・トゥ・ビー・アローン」、「ハートブロークン、デイ・アフター」、「ワー・ユー・ウォッチング?」の3曲です。このアンサンブルの演奏には文句のつけようがありません。こくのある深いグルーヴがノラのジャズ・ルーツに素直に寄り添っていてため息がでます。

 ウィルコのジェフ・トゥイーディーとのコラボも「アイム・アライヴ」と「ヘヴン・アバヴ」の二曲が収録されています。この二曲はジェフのプロデュースで、二人もしくはジェフの息子スペンサーのドラムを加えた三人によるサウンドになっています。

 こうしたさまざまに録りためていたと思われる曲もそうとは思えないほどそれぞれがアルバムにぴったりと収まっています。たとえば「ディス・ライフ」、「トゥ・リヴ」に続けて「アイム・アライヴ」が登場する。タイトルだけで主張が伝わってくるようです。

 ここのところノラの日本盤の歌詞対訳は作家川上未映子が担当しています。比較的少ない言葉で心をえぐるような歌詞ですから、和訳は相当難しいはずですが、さすがに見事な訳詞になっています。重厚なサウンドにふさわしい重い歌詞に光を添えています。

 ライナーにて内本順一氏はコロナ禍でより歌詞がリアルに響くと追記していますが、その後のブラック・ライヴズ・マターに一層リアルさが際立ちます。たとえば「ワー・ユー・ウォッチング」なんて傍観者には恐ろしいメッセージです。

 ジャズをベースとした作品ということでは「デイ・ブレイクス」からの流れに位置していますけれども、派手な仕掛けはなく、より赤裸々で重いサウンドです。「深く、切なく、美しい」には違いありませんが、世界の現実なるものを考えさせるアルバムです。

Pick Me Up Off The Floor / Norah Jones (2020 Blue Note)