DJクラッシュは私と2歳しか違いません。こういう人をみると素直に脱帽するしかありません。ほぼ同世代という観点からすると、彼のヒップホップへの傾倒が驚異的に早かったことを指摘したいです。まだほとんどヒップホップが知られていない80年代初頭のことです。

 以来、DJクラッシュは日本で初めてターンテーブルを楽器として操るDJとして、さらにはプロデューサー、リミキサーとして国際的に活動するとともに、映画にドラマにCM制作にと活動の場を広げてきました。もはや大御所。「孤高の境地」に至った求道者です。

 DJクラッシュは2019年に毎月月末に12か月連続で曲をデジタル・リリースするという企画を実行しました。「トリックスター」と名付けられた本作品はその12曲をリマスターしたものに2曲新曲を加えてアルバムとしたものです。通算すると12枚目のアルバムです。

 毎月1曲とは言え、かなり大変な所業です。「一年間ほとんど家に引きこもってて毎月追い詰められてた」とDJクラッシュは振り返っています。「常に作ってる感じでしたね」。想像するだに恐ろしいことです。さすがは求道者たるDJクラッシュです。

 しかも本作品にはゲストが一切参加していません。前作には近藤等則を始め、さまざまなゲストが呼ばれていましたが、今回は全編彼一人で制作しています。おまけに以前はエンジニアに委ねていたミックス作業もクラッシュ自身が手がけています。

 一年間のべつまくなしに曲を作り続けている状況で一人きり。これは並大抵の精神力では難しいことです。「一発目のドラムがどうかっている入口のインパクトから全体の手触りまで、目と耳を細くして隅々まで見なきゃいけなかった」。凄いですね。

 さて、本作は極めてストイックなインストゥルメンタル作品で、「ダークでエレクトロニックな方向へとより舵を切った」と称されるサウンドが展開します。ボーカルがない分、より一層視覚的なイメージが喚起され、映像が浮かび上がってきます。

 本人は「『ブレードランナー』の世界観に近いものを想像しつつ、砂混じりの大気に包まれる中を歩いていくイメージ」と語っています。浮かぶ映像は人それぞれでしょうが、彼の言葉を知らなくてもディストピア的なSFをイメージするところは共通していそうです。

 アルバム・タイトルに選ばれたトリックスターは、しばしばアーティスト自身を形容する言葉として使われます。DJクラッシュ自身がトリックスターの自覚をもって、この世とディストピアの境界線上でステップを踏んでいるのだと思います。

 サウンドはダークなエレクトロニックなビートを中心としていますが、「ヒップホップのループ的なノリが残ってる」という通り、ヒップホップ的なるものを感じます。比較的ゆったりとしたビートが重くのしかかりつつも、けして滅入ったりはしない力強さを感じます。かっこいいです。

 ところでジャケットは最初は文字を基準に上下を判断していたのですが、どうやら違うようです。得体のしれないジャケット絵からは天地の判断がつきません。こうした謎めいたモノクロ・デザインもサウンドをそのまま表していて秀逸です。もう一度脱帽しておきたいと思います。

参照:「bounce437」一ノ木裕之(タワーレコード)

Trickstar / DJ Krush (2020 Es/U/Es)