刺激的なジャケットは本人も認める通り、ラス・メイヤー監督の1965年作品「欲情/マッド・ハニー」のポスターにヒントを得た、というか、ほぼそのまんまをノラ・ジョーンズがモデルとなってリメイクしたものです。「なんてかっこいいんでしょ」と思ったそうです。

 これまでのノラ作品とは明らかにテイストの異なるジャケットですけれども、内容も負けず劣らずこれまでとは一線を画しています。前作も過去のノラ作品から距離がありましたが、今度はさらに遠くへやってきました。それでもノラはノラ。素敵なアルバムです。

 ノラ・ジョーンズの5作目のオリジナル・アルバムは、デンジャー・マウスと組んだ意欲作です。デンジャー・マウスことブライアン・バートンといえば、ゴリラズの「デーモン・デイズ」、ナールズ・バークレイの「セント・エルスホエア」の大ヒットでお馴染みのプロデューサーです。

 デンジャー・マウスはイタリアの作曲家ダニエル・ルッピと組んで架空のサントラ「ローマ」を2011年にリリースしていますが、その中でジャック・ホワイトとともに主演を務めて3曲を歌ったのがノラ・ジョーンズでした。その時にノラのプロジェクトへの参加が要請されたそうです。

 「ローマ」は制作に5年かかっており、二人がプロジェクトの話をしたのは2008年のことです。その時にすでに何曲か二人のコラボが試されたそうですが、「ザ・フォール」を制作するために一時棚上げにされました。そうして機は熟し、本作の誕生とあいなったわけです。

 これまでの作品とは異なり、本作ではあまり事前に準備せず、スタジオで一から曲を作っていくやり方が採用されました。ふたりで楽器をプレイしながら曲を作っていくことで、従来のノラの作風とは異なる曲ができていきました。その過程はかなりそのまま残されています。

 「例えば私はそんなに上手にギターを弾けるわけじゃないけど、曲の雰囲気にあっているならOKということにした。ギターもベースも出来る限り自分で弾いて、『さすがにこれは難しくて弾けない』っていうところは、あとでミュージシャンい弾いてもらったの」。

 デンジャー・マウスは生音の録音に定評のある人で、こうした過程で出来上がったサウンドも見事にすくい上げています。ナールズ・バークレイやゴリラズを思わせるサウンドが随所に出てきますが、それがノラと合体するととても素晴らしい効果を発揮しています。

 とても生々しいサウンドが最大限に生かされたオーガニックなオルタナティブ・ロック・サウンドです。ノラ・ジョーンズのボーカルも荒々しさを加えてかっこいいです。二人のコラボはお互いの個性がかけ合わさって、足し算以上の結果になりました。

 ノラ・ジョーンズは前作の完成から本作までの間に「今回はもっとダークだったわ」というつらい別れを経験したのだそうです。それをホラー映画のような「ミリアム」に昇華しているわけですから、ブロークン・ハートは見事に本作の肥やしになっています。

 本作もしっかりとヒット・チャートを上り、全米2位を始め、多くの国でヒットしました。大胆な冒険をしてもノラはノラ。ダークでヘビーでもとてもチャーミングなサウンドです。突き放して落ち込んだままにはけっしてしない。最後は前を向ける、しみじみと良い作品だと思います。

Little Broken Hearts / Norah Jones (2012 Blue Note)