アルバム・タイトルの「レインボー・ブリッジ」、虹の橋は飼い猫や飼い犬が天に召された際に向かう場所を指します。けしてお台場のレインボー・ブリッジではありません。起源は所説あるようですが、ペットロスを克服するにはとてもよい考え方だと思います。

 ジャケットには虹色の橋を向いて座っている猫の後ろ姿が描かれています。これはエンジェル・マークロイドの愛した猫ブレックファストであろうと思います。ブレックファストは本作品にも時おり鳴き声で参加しています。エンジェルは大そう猫好きですからさぞかし辛いでしょう。

 本作品はシカゴ在住のサウンド・プロデューサー、エンジェル・マークロイドによる作品です。エンジェルはさまざまな名義で活動していますが、これは比較的早くから使っているプロジェクト名ファイヤー・トゥールズとしての作品です。

 エンジェルはこの名義で、「インダストリアル、ジャズ・フュージョン、プログレ、ノイズ、ニュー・エイジ、テクノ(やビート主体のエレクトロニック・ミュージック)、アンビエント、ドローン、アヴァンギャルド、さまざまなメタルのジャンル、90年代のエモ」を実験しているとしています。

 本作品は同じくシカゴのエクスペリメンタル・ミュージックのレーベル、ハウス・マウンテンからの3枚目のアルバムです。このレーベルの創設者はダグ・カプランとマックス・アリソンでそれぞれ自宅からレーベルを運営しているそうです。在宅勤務レーベルですね。

 アルバムもボーカルとテープ・ループのごく一部を除けばもちろんベッドルームで制作されています。エンジェルは自宅のスタジオでミキシングやマスタリング、音楽制作、オーディオやビデオのポスト・プロダクションで生計を立てている人ですから当然といえば当然です。

 エンジェルはこの作品で、ボーカル、ギター、ベース、キーボードを担当し、サーキット・ベンディングやテープ、バーチャルなスタジオ技術を駆使して混沌としたサウンドを作り上げています。ポスト・ヴェイパー・ウェイブなどと呼ばれることもある実験的な音楽です。

 ボーカルは全編にわたってエフェクトをきかせたデス・メタル仕様です。しかし、サウンド自体はメタル一辺倒ではなく、先にあげたさまざまなジャンルの音楽がごちゃ混ぜになっています。しっかり楽器を使っているので余計にジャンル横断的に見えます。

 「エバー・ワイドニング・リングス」などは、タイトルつながりで高中正義の虹伝説を思わせる美しいギターが出てきます。これはエンジェルではなくゲスト・ミュージシャンによるのですが、そうしたフュージョン系の音やドリーミーなアンビエントもカオスの中に顔を出します。

 ファイヤー・トゥールズは愛猫との別れを経て、「死ぬべき運命、共感、悲哀、無限に深い愛と意味ある絆を育む人間の能力といったコンセプト」を作品の中心に据えることになりました。不協和音と美しいサウンドを行き来するサウンドにそのことが表れています。

 そのためかこのアルバムのサウンドは極めてパーソナルに響きます。よりリアルにトランスフェミニンなエンジェルの心情が投影されていて、強い共感を覚えます。ジャンルレス、エイジレスなカオス・ミュージック。美しくも激しいサウンドは心を打ちます。

Rainbow Bridge / Fire-Toolz (2020 Hausu Mountain)