アフロディーテズ・チャイルドはヴァンゲリスがいたバンドとして多くの人には記憶されていますけれども、1960年代半ばに結成されたこのバンドは1968年にはヨーロッパで大ヒットをとばしており、後のヴァンゲリスの成功がなくても結構なバンドとして記憶されたことでしょう。

 本作品は彼らの3枚目のアルバムにして最後のアルバムです。セカンド・アルバム発表後のツアーに代役キーボード・プレイヤーをたてて自分は同行しなかったヴァンゲリスはスタジオにこもってソロ・アルバムと本作の準備に取り掛かっていました。

 アルバム・タイトルは「666」です。「オーメン」以降の私たちならば、タイトルを聞いただけでああ、あれかと了解されるのですが、この頃は分からない人が大半だったと見え、邦題は「アフロディーテズ・チャイルドの不思議な世界」とされました。

 2枚組超大作プログレッシブ・ロックは当時の日本の大好物でもあり、ほとんど同時に邦盤が出ています。名盤の誉れ高いとはいえ、マイナーなと言えばマイナーな作品なのによくも発売されたものです。しかもその後も何度も再発されています。日本好みのアルバムです。

 オーメン以前の私たちにはなじみがなかった「666」は人間の額に刻印された数字のことで、新約聖書のヨハネの黙示録に出てきます。この作品はその黙示録を忠実に音楽作品に落とし込んだ意欲的なコンセプト・アルバムです。

 作曲はヴァンゲリスで歌詞を書いたのは映像作家でもあるコスタス・フェリス、当初は4枚組の超大作を意図していたそうです。しかも巨大なテントの内と外で同時にショウを行うという凝った作りのライヴを考えていたとのことです。

 しかし、結局、商業的な理由で2枚組に縮小せざるを得ず、当初の意図にはそぐわない形となってしまいました。黙示録を熟知しているキリスト教徒であれば、筋書きは分かっているわけですから、さほど問題にはならない簡略化です。非キリスト教徒には厳しいですが。

 バンドは新たに初期メンバーだったシルバー・クルーリスをギターに加え、ボーカルに定評のあるデミス・ルソス、ドラムのルカス・シデラスにヴァンゲリスのトリオからカルテットに強化されました。さらにナレーションやボーカルにゲストを加えてコンセプトの実現を図っています。

 後のヴァンゲリスを想像するとこれは大違いで、この作品ではピアノやオルガンも大きな役割を果たしますけれども、基本はギターの活躍が目立つロック・バンドの演奏です。大きなストーリーを抱えたロック・オペラです。ザ・フーの「トミー」に続けとばかりです。

 聖書を題材にしているだけに、いろいろと物議を醸してもいます。ギリシャの女優イレーネ・パパスの「∞」でのボーカルが喘ぎ声に聴こえるとして、レコード会社が削除を要求した結果、傘下のヴァーティゴから発売されたとか。勇気ある挑戦だったんですね。

 起伏のあるサウンドでプログレッシブにきめたコンセプト・アルバムは内外に高い評価を受けました。決して商業的に大成功というわけではありませんけれども、長い期間にわたって聴かれ続けるアルバムになりました。もはやクラシック作品です。

666 / Aphrodite's Child (1972 Vertigo)