「オクタヴァリウム」はオクターブから発想されたタイトルだそうです。この作品がドリーム・シアターにとって8作目のスタジオ・アルバムで、これまでに彼らはEPとライヴを合わせて5作発表しています。それぞれ白鍵と黒鍵の数でちょうど1オクターブです。

 ジャケットには大きなニュートンのゆりかごが描かれており、ここでも8つの球を白鍵と見立てるとちょうど黒鍵の位置に鳥が飛んでいます。他にもブックレットを始め、ありとあらゆるところに8と5が出てきます。謎解きの楽しみを提供するプログレ仕様です。

 その中で最も驚くべきは全8曲がすべて異なる音階で作られており、加えてちょうど黒鍵の位置に入る曲間のSEの音階までが計算されていることです。何と申し上げてよいのか、恐ろしいまでのこだわりです。例によって冒頭の音は前作の最後の音だったりしますし。

 こんな話を聞いてもやもやが晴れました。ドリーム・シアターは音の向こうに数学を見ていたんですね。音の構造に科学を見ている。大バッハもそうでしたし、偉大なクラシック作家の多くに共通する資質です。極めて科学的に音楽を構築していく。それが彼らの魅力です。

 けっして頭でっかちと言っているわけではありません。アインシュタインの浜辺の子どもの比喩ではありませんが、サウンドの世界に分け入って、新たな数式を見つけては満腔の喜びを感じ、誰かに伝えたくてたまらなくなる。何とも無邪気な人々です。

 さて、本作はダーク&ヘビーから一転して、「クラシックとなるドリーム・シアター・アルバム」を作るのだと決意して制作されました。典型的なバンド・アルバムに戻り、自分たちのスタイルに影響を与えたすべてを引っ張り出すことが企図されています。

 そのために音楽の複雑さを抑え、一聴して分かりやすい曲を目指したとのことです。曲作りによりフォーカスし、メロディーと曲の構造に注力するために、ピアノとギターとボーカルだけでまず曲を書いたのだそうです。いちいち驚かされるお話しです。

 ただしコマーシャルなアルバムを作ろうとしたわけではないとマイク・ポートノイは語っています。「U2やコールドプレイも好きだし、短い曲も好きだ。単にそういう面もぼくたちは持っているってだけの話だ」。なるほど。科学者には余計な考慮などは無縁です。

 ここに収録された曲で複雑さを抑えたというのが彼らならではです。確かに「アイ・ウォーク・ビサイド・ユー」のようなU2っぽいキャッチーな名曲もありますけれども、なんたってタイトル曲は24分に及ぶ複雑極まりない曲ですから。100のところを99で抑えたといった風情です。

 スケルトンで曲作りをした彼らですけれども、ここで初めて本物のストリングスを導入しました。指揮にはバークレイの同窓生を起用し、オケは初見の楽譜を一発録りしたそうです。よほどしっかりした楽譜だったんですね。さすがです。

 特に前作に比べるとバラエティに富んだ明るいアルバムです。ますます我が道に自信を深めてがしがしと前に進む姿がまぶしいです。いろいろな楽しみ方ができる奥深いアルバムはまさにプログレッシブ・メタルの名にふさわしい傑作です。

Octavarium / Dream Theater (2005 Elektra)