「ミルク・アンド・キッス」はコクトー・ツインズの8枚目のアルバムです。続くアルバムを制作している最中にコクトー・ツインズは解散してしまいますから、この作品が結果的に最後のアルバムになってしまいました。惜しいことです。

 本作品のタイトルはエリザベス・フレイザーの友人の言葉からとられています。エリザベスの経験してきた困難な事情に同情して、「あなたから毒を取り除いて、ミルクとキッスで代えてあげられたらいいのに」というのがその言葉です。

 詩人の周りには詩人が集まるのでしょうか、本当に美しい言葉です。エリザベスは友人に恵まれています。クリス・ロバーツはライナーノーツの中で、「それこそコクトー・ツインズのサウンドがこれまで私たちにしてくれたことだ」と書いています。

 クリスはこうも書きます。「コクトーズはいつも一緒にくるまっていられる何か、すべてから離れ、官能的で、癒しの繭のように響く」。「耳を貫くグランジ・ギターと厳しい怒りの種族の新しい常態の中にあって、静けさの海原のようだ」。気持ちはよく分かります。

 コクトー・ツインズの音楽は、オルタナティブ・ロックの中でドリーム・ポップなるジャンルを生み出しました。ドリーム・ポップはシューゲイザー、スロウコアなどいろいろなジャンルを取り込んで広く深く流行っていくことになります。クリスの意見は大いに賛同されているわけです。

 サイモン・レイモンドはこの作品の素晴らしい点として、とにかく早くできたことをあげています。「ロビンとぼくが曲を書くと、音楽の女神がリズを訪れるのをほとんど待つ必要がなかった」。ロビン・ガスリーによれば本作はわずか2か月で出来たと驚いています。

 彼らはいつもは三人それぞれが一人で作業するそうですが、この作品では三人がそろってスタジオ入りすることが多かったとのことです。ロビンはとても楽しい経験だったと振り返っています。最後のアルバムとなる予感があったのでしょうか。

 本作品は「リルケの心」をもった友人であるジェフ・バックリーに捧げられています。ティム・バックリーの子どもで「天使の歌声」を持つシンガーであり、ギタリストである彼にエリザベスはツアー中に出会い、恋をしたと言われています。彼は詩人リルケが大好きだったそうです。

 エリザベスとロビンの関係を考えると複雑ではありますが、もう時間もたっていますから、アルバム作りにあたってはむしろ良い刺激となったことでしょう。三人が三人とも何か吹っ切れたかのような前向きのエネルギーに満ちています。

 アルバム・ジャケットには極めて曖昧ではありますが、楽曲の歌詞が描かれています。歌詞カードのようなものではなく、使われている言葉がコラージュされているようなもので、エリザベスのボーカル・スタイルにぴったりです。彼女は言葉狂を自認している人ですし。

 音のベールも程よい厚さですし、エリザベスのボーカルも一部地声を使って、その天使さが際立つというこれもちょうどよい感じです。安定のドリーム・ポップぶりを発揮しつつも、どこか最後らしい哀感が漂うのが何ともいえません。

Milk & Kisses / Cocteau Twins (1996 Fontana)