サン・ラーのムーグ・シンセサイザーとの邂逅を記録した作品です。1969年11月12日にガーション・キングスレイのスタジオで制作されています。サン・ラーのステージでの定番となるミニムーグが発売されるのはその翌年のことですから、これはまさに出会いの作品です。

 キングスレイは電子音楽の先駆者の一人であり、シンセ初のミリオンセラーと言われる「ポップコーン」の作者です。日本では恐らくディズニーランドのエレクトリカル・パレードで使用されている「バロック・ホウダウン」の方が有名かもしれませんが。

 キングスレイによれば、ある日サン・ラーからキングスレイのムーグ・システムを備えたスタジオでレコードを作りたいとアプローチを受け、驚きながらもこれを快諾したということです。やってきたのはサン・ラーとアストロ・インフィニティ・アーケストラの面々です。

 大げさな名前になっていますが、実際にやってきたのはサン・ラー、ジョン・ギルモア、マーシャル・アレン、ダニー・デイヴィスの四人だけでした。キングスレイはムーグを予めセットしただけだと言っていますが、実際には録音に立ち会っていた様子です。

 この当時、シンセサイザーはまだまだ珍しい楽器で、「スウィッチト・オン・バッハ」に見られるようにポピュラーな楽曲をシンセで演奏してみましたという試みが面白がられていました。しかし、サン・ラーはもちろん未来志向です。シンセの可能性をどんどん追及します。

 何しろサン・ラーは、音楽を動力として動く車を構想していた人です。シンセサイザーに未来を見たとしても何ら不思議はありません。当時、サン・ラーは「クリエイティブな人間にとって、ムーグ・シンセの未来に与える可能性は巨大なものがある」という趣旨の発言をしています。

 けっしてシンセはおもちゃではないし、他の楽器と同様に演奏するミュージシャンの感情を映し出すのだというサン・ラーの発言はこの当時としては珍しい部類に入ります。そして、本作品でサン・ラーはそれをしっかり実践しています。

 オリジナル・アルバムはわずかに4曲でしたが、ここでは同時に録音され、シングルとして発表された「ザ・パーフェクト・マン」セッションの全貌、そして翌年録音された純然たるムーグのソロ曲「スペース・プローブ」を加えた作品とされています。

 オリジナル楽曲の方が、後のムーグ・ソロよりもシンセ、シンセしていない分、サン・ラーのムーグへの深い理解を感じさせるのが面白いです。ほとんど初めてスタジオのムーグ・システムを使用したとは思えません。

 わずか4人の演奏ながら、多重録音も駆使してサウンドを構築しており、ムーグ自身がサン・ラーと一体化していて何の違和感もありません。いろんな音が出ていますけれども、まるで自然、自然過ぎて感動します。ムーグも最良の使い手を見つけたものです。

 なお、本作は後に第二弾が出たので、後にVOL1と呼ばれるようになりました。この後、しばらくはムーグとの邂逅期が継続します。アポロ11号の月面着陸とミニムーグの登場は人類にとっても一大事ですが、サン・ラーにとっては一層衝撃が強い事件でした。

My Brother The Wind / Sun Ra and his Astro Infinity Arkestra (1970 Saturn)