文字通りラブリーな現代音楽作品ばかりをリリースしていたラブリー・レコードから1977年に発表されたジョン・ハッセルの初めてのアルバムです。CDとしては30年ぶりにハッセル自身のレーベルであるンデヤから再発されました。待望の再発です。

 このアルバムがブライアン・イーノに大きな影響を与えた「春分点」です。今回初めて日本盤が発売され、「ヴァーナル・イクイノックス」と原題通りに邦題が付きましたが、当時は「春分点」の名前で紹介されていました。余計な話ではありますが。

 ハッセルが本作を発表した時にはすでに40歳でした。それまで主に現代音楽のフィールドでトランペット奏者として、あるいは作曲家としてキャリアを積んできました。ハッセル自身が書いているところによれば、世界中を経めぐるワイルドな生活を送っていたようです。

 この作品は友人だったデヴィッド・ローゼンブームからトロントのヨーク大学でワークショップを開催するよう要請を受けたことから始まります。ローゼンブームは同大学に電子機器をそろえたスタジオを整備しており、ハッセルはその設備を利用する機会を得たことになります。

 アルバムを作ろうと意気込んでスタジオを抑えたわけではなく、スタジオを使えるからアルバムを作った、そういう経緯になります。しかも彼にとっては初めてのレコードです。日ごろから自身の音楽的アイデアを探求してきたからこそできる技です。

 ハッセルはここに至る2,3年間、師事したインドの声楽家プラン・ナートの教えを実践し、ほぼ同じラーガだけを演奏していたそうです。「楽器を吹く過程で、変則的発声を試みつつマウスピースから管内に声を送り込む」ことで、「自分の口で歌うかのように思い込」む。

 ハッセル独自のトランペット奏法の秘密が明かされています。そう、彼のトランペットは文字通り歌っているんです。本作ではもちろん全編でハッセル独特のトランペットが聴かれます。伴奏はローゼンブームで、ムビラやタブラなどのパーカッションを味付け程度に添えます。

 そしてドン・チェリーから紹介を受けたブラジルの当時新進パーカッション奏者だった「ナナ・ヴァスコンセロスの演奏を重ね録りすることで、このアルバムは完成を見」ました。さらに海、熱帯の鳥、ベネズエラの夜の生き物に犬の鳴き声、シンセよるドローン等が加わります。

 ハッセルはテリー・ライリーの「インC」の演奏に加わったことからもわかる通り、ミニマリズムとの親和性も高い。その彼がエレクトリック時代のマイルス・デイヴィスに影響を受けて、「ラーガ」と「ミニマリズム」の相克を探求していたことがこの作品に結実しています。

 本作では20歳で亡くなった愛犬にささげた「ブルース・ナイル」やベネズエラの首都カラカスにあるアルタミラの丘での奇しくも911にフィールド録音された曲などの小品が並ぶ中、20分を超える大作「春分点」がやはり際立っています。

 非西洋の中でも際立って芸術性の高いインド音楽と西洋音楽の現在であるミニマリズムを融合させる試みは今聴いてもとても新鮮です。まさに第四世界への入口であったと思われます。アルタミラの丘で瞑想しているかのような激しくも静謐な世界が現前します。

Vernal Equinox / Jon Hassell (1977 Lovely Music)