スウィートは前作発表後の1981年1月にほぼ三年ぶりに英国でライブを行っています。ヒット曲を網羅するのではなく、ハード・ロック的な楽曲を並べ、さらに来るべき新作の楽曲をお披露目するというなかなか攻めた内容のライブです。

 しかし、リード・ボーカルをとるベースのスティーヴ・プリーストは当時のインタビューに答えて、「私たちにとって、イギリスは凪いだ海のようなもので、漕ぎ出す価値もない。私たちが英国を見捨てたのではなく、英国が私たちを見捨てたんだ」と嘆いています。

 ドラムのミック・タッカーはアートな方向に舵を切った前々作を引き合いに、「私たちはそちらの方向に進むべきだと考えたけれども、突然、みんなはまた3分間ソングを求めだし、6分ある曲には見向きもされなくなった。引退したような感じだったよ」と話しています。

 スウィートのようなアートでポップなロックは英国向きであるはずなのに、まるで受けない。スウィートはまさにアイデンティティ・クライシスを経験しました。それがそのまま本作品のタイトルになっています。悩み多きバンドです。

 本作はすでに1980年9月から制作が開始されています。翌年3月にはスウィート最後となる短い英国ツアーを行っており、その頃にはアルバムも完成していた模様です。なんたってツアー後には事実上解散してしまいますから。

 出来上がったアルバムはなかなか発売されませんでした。結局、英国でも米国でも発売されず、1982年11月になってようやくドイツで発売されました。ドイツはスウィートにとってはこれまでも優しい国でした。ちなみにメキシコでも発表されたようです。

 そういう事情ですから、当然、シングルもカットされませんでした。そして、幻のアルバムとして人気が出るわけでもなく、今に至っています。何とも残念な最終アルバムですけれども、スウィートは数年後には別の形で復活しますから、まったく顧みられない作品でもありません。

 このアルバムは30分強しかない短い作品で、収められた楽曲はいずれも基本に戻ったロック・スタイルといえるものばかりです。ポリドール移籍後のさまざまな冒険が功を奏しなかったことから、開き直って持ち前のポップなハード・ロック・スタイルに回帰したものといえます。

 決して出来が悪いわけではなく、スウィートらしいポップでタイトなロックが並ぶアルバムは今となってはなかなか捨てがたい魅力があります。しかし、1981年ないし82年に本作を発売する勇気がレーベルになかったことを責めるわけにはいかないと思います。

 前作もそうですが、5年前くらいに発表されていたらもっと売れていただろうと思います。もしくはステータス・クオーなどのようにむしろ変わらなさを売りにするか。ただし、それにしてはスウィートは器用すぎました。

 スウィートはバブルガム的なヒット曲を多数抱えていただけに、英国は彼らの変化に冷淡でした。結局、解散してから初めて後期の楽曲も含めたスウィートの魅力が再発見されたようなものです。彼らももう少し辛抱して活動していればよかったのに。

Identity Crisis / Sweet (1982 Polydor)