カリブーはカナダ出身のミュージシャン、ダン・スナイスのステージ・ネームの一つです。彼は他にもマニトバ、ダフニの名前でアルバムを発表しています。マニトバは封印されてカリブーとなり、現時点ではカリブーとダフニの二つが活動中です。

 この使い分けはダフニがダンス・フロア向けに特化したプロジェクトで、カリブーが「バンドでライヴ・パフォーマンスをする時の名前」なのだそうです。本作は全体を通して10作目、カリブーとしては6年ぶりの5作目に当たります。

 バンドとは言っていますが、レコーディングはほぼ一人で行っています。共演しているミュージシャンはコリン・フィッシャーただ一人で、ギターとテナー・サックスをおよそ半分の曲でプレイしているのみです。とてもシンプルな構成です。

 もう一人名前が挙がっていました。キャロライン・スナイスです。キャロラインはダンのお母さんで、冒頭の曲「シスター」でワン・フレーズですが、彼女の歌声が収録されています。これはダンたちが幼い頃、お母さんが歌って聴かせた童謡がテープに残っていたものだそうです。

 ごくシンプルなこの曲でダンは姉妹に謝っています。そこにお母さんの声。この作品がいかにパーソナルなタッチで作られているかが分かります。短い「シスター」に続くのは「ユー・アンド・アイ」で、第二弾シングルとなったこの曲こそが本作のキーとなる楽曲です。

 「私がアルバムを制作し始めた際、最初に着手したトラックの1つであり、最後に仕上げたトラックの1つで、レコードを制作するすべての段階で何らかの形で存在していた」とダンは語っています。アルバムのタイトル通り、途中で突然に曲調が変わる面白い曲です。

 「突然、予測不可能な形で曲調が変わるのは、自分の身に実際に降りかかった人生の変化を表現している」のだそうです。しばしばクラウト・ロック的と言われるビート感覚を持った曲で、ノイズまみれになっていくものの、基本は繊細なポップです。

 第一弾シングルの「ホーム」はR&Bシンガー、グロリア・バーンズの同名曲をサンプリングして使用した曲です。1971年のグルーヴを生かしながら、ガレージっぽいサウンドとエレクトロニクスを同居させた素敵な曲です。サンプリング・ボーカルが実に効果的です。

 カリブーの持ち味は「ドリーミーな温かさとテクニカラー」だと紹介されています。テクニカラーという言葉が連れてくる少しレトロな感じが確かに感じられます。使用されているエレクトロニクスも基本はシンプルなサウンドです。磨き上げられる前の生々しい音です。

 ダンのボーカルがとりわけ生々しいです。オートチューンなどでチューンナップするのが主流の中で、裸の声が響いてくるのが新鮮です。ビートもサウンドもすべてが裸のような印象です。とてもパーソナルなアルバムにふさわしいサウンドです。

 ダンの暖かなボーカル、シンプルながら練り上げられたサウンド、美しいメロディー。内省的な歌詞ですし、昔からあるシンガーソングライターの理想像に近いといえるかもしれません。さすがは数学博士の作り上げたアルバムです。

Suddenly / Caribou (2020 City Slang)