バイオリンは西洋クラシック音楽の花形楽器でありながら、西洋にとどまらず、世界各地の大衆音楽の世界で活躍する楽器でもあります。それも西洋音楽一辺倒なのではなく、各地であたかも土着の楽器であるかのようにさまざまな音色を聴かせてくれます。

 太田惠資は民族音楽やアバンギャルドな分野での活動が多いバイオリニストです。しかし、小さな会場でのライブを見た際、ご本人はクラシックやジャズのバイオリンも大好きだとおっしゃっていました。バイオリンなら何でも好きだとお見受けしました。

 この作品はファイブスターズレコードからオファーを受けた企画で、ニューヨークのベテラン・ピアニスト、ビル・メイズとの共演によるオーソドックスなジャズ・バイオリンのアルバムとなっています。企画をもらって「かつてないときめきを感じ」た太田さんです。

 共演のビル・メイズはこの年66歳になる大ベテランです。私にはフランク・ザッパ先生の「オーケストラル・フェイバリット」でクラヴィネットを弾いていた人ですが、もちろんさまざまなジャズ・ジャイアントと共演してきた本格派ジャズ・ピアニストでもあります。

 ビルにとって初めての経験となったバイオリニストとのデュオでしたが、彼も太田と聞いてオファーを快諾しています。ビルは「自分の耳には太田のバイオリンは最もユニークな声に聞こえるし、レッテル貼りを許さないスタイルを持っている」と褒めています。

 二人のセッションがとてもうまくいったことはジャケットの絵、そして写真からもよくわかります。内ジャケでは楽器を交換した二人がとても嬉しそうな顔で写っています。この二人の暖かい空気がスピーカーからあふれ出てきます。

 アルバムはそんな空気も反映してジャズ・スタンダードを中心としたカバー曲が大半を占めています。オリジナルはそれぞれ1曲ずつで、太田の「バイオリン・タクシム」でその名の通り中東風なバイオリン・ソロ、ビルは音楽の女神「エウテルペ」でもとはトリオ曲です。
 
 カバー曲では、アルバム・タイトルとなったデイヴ・ブルーベックの名曲にして同じ名前のバンドを生んだ「トルコ風ブルーロンド」や、ジョージ・シアリングの「バードランドの子守唄」、デューク・エリントンの「イン・ア・センチメンタル・ムード」など有名曲が並んでいます。

 二人はほとんどリハーサルや事前の打ち合わせをせずにセッションに臨みました。楽譜から出発して、二人が演奏しながら、楽曲を自由に解釈してアレンジを加えていったそうです。ビルはその過程で太田が持ち込んだ幅広い音楽を高く評価しています。

 融通がきかないピアノと一緒にスタンダードを演奏する太田のバイオリンですが、ビルが指摘する通り、民族音楽やアバンギャルドな分野で培った幅広い音楽性を有しており、そのとても柔らかくてまろやかなサウンドで本作品を唯一無比の作品にしています。

 またビルのピアノとの相性が抜群です。きわめて質の高いクラシック映画を見ているような気にさせる美しい演奏です。最後はピアソラの「忘却」から二人の即興演奏でアルバムが締めくくられると、身も心も軽やかになっているのがわかります。素敵な作品です。

Blue Rondo á la Turk / Keisuke Ohta & Bill Mays (2010 Five Stars)