2016年の米国大統領選挙はトランプ大統領を誕生させた歴史的な選挙でした。その大統領選の時期に合わせて発表されたのが本作、「フランク・ザッパを大統領に」です。鬼籍に入ってからの発表が悔やまれます。生前に出していれば面白かったのに。

 特に歌詞の検閲に対する活躍ぶりを目の当たりにした後では、ザッパ先生を大統領に推す声が上がったとしても全くおかしくありません。実際、本人も1992年の大統領選挙に向けて、候補となる可能性を探る調査をコンサルタントに行わせています。

 ザッパ先生の戦略は「どの党の候補者ともならず、全州で立候補できるだけの金を集め、選挙運動は行わない」というものでした。テキサスの大金持ちロス・ペローを仲間にしようと考えていたそうですから、かなりの本気度です。

 そんな背景があっての本作品です。大統領選に出るためのマニフェストになっているわけではありませんけれども、政治的なメッセージがこもった曲ばかりが集められています。唯一シンクラヴィア作品の「ミディヴァル・アンサンブル」だけが不可解ですが。

 アルバムの1曲目は「アンクル・サムへの序曲」で、最晩年のシンクラヴィア作品です。「ダンス・ミー・ディス」に収録された「ウルフ・ハーバー」もその一部と思われるアメリカのディストピアな未来を描いた未完のオペラ「アンクル・サム」の一部であるようです。

 この曲の一部はドイツの現代音楽楽団アスコルタ・アンサンブルによって2007年にお目見えしています。15分に及ぶ本作品随一の大作で、まずはアメリカの将来への危機をあおる戦略です。シンクラヴィアのサウンドはディストピアにはもってこいです。

 続いて権威の腐敗を描く問題作「ブラウン・シューズ・ドント・メイク・イット」のリミックスが登場です。何のためのリミックスか判然としないものの、ジョー・トラヴァースによれば何かの映像作品のためではないかとのことです。定番ともいえる作品です。

 「アムネリカ」は記憶喪失と米国を合わせた造語で、これまた政治的な曲です。「シング・フィッシュ」では「ザット・イーヴル・プリンス」という曲でしたが、「シヴィライゼーション・パート3」でこの曲名になり、さらにこれはそのボーカル入りです。ナポレオンが歌います。

 「イフ・アイ・ワズ・プレジデント」は「検閲の母と会う」と同時期のシンクラヴィア作品にザッパ先生の大統領選に向けての抱負を語るインタビューを組み合わせた曲です。本作品の核となるメッセージです。♪もし私が大統領だったら?いい仕事すると思うよ♪。

 後半は1988年の東海岸ツアー最終日から、最も政治的な曲「ホエン・ザ・ライズ・ソー・ビッグ」、そして19世紀の愛国歌「アメリカ・ザ・ビューティフル」です。後者は同じバージョンが「AAAFNRAAA」にも収録されていますが、ここは本作品の締めとしてどうしても必要でした。

 チェコのハベル大統領などとも交流が深かったザッパ先生が米国の大統領だったらと考えると楽しいです。少なくとも戦争を始めるようなことはないでしょうし、既存の政治システムの外側から自由でまっとうな政治を仕掛けられたのではないでしょうか。

Frank Zappa For President / Frank Zappa (2016 Zappa)