マーク・アーモンドが究極のマーク・アーモンド・ファンであるクリス・ブレイドと再び組んでアルバムを制作しました。二人の前作となる「ヴェルヴェット・トレイル」以来、5年ぶりの2作目になります。その名も「カオス・アンド・ダンシング・スター」です。

 二人の前回のコラボの直前には、アーモンドはもう新作を作らないなどと言っていたのですが、コラボ以降にはコイルやジュールズ・ホランドとのコラボ作や1960年代の曲をカバーしたアルバム「シャドウズ・アンド・リフレクションズ」を発表するなど生き返ったように元気です。

 アーモンドとブレイドの今回のコラボはもともとプログレ・アルバムを作ろうとして始まりましたが、結局、二人のポップ魂がむくむくと首をもたげてきたために、プログレ風にはならずに、昔のアーモンドの得意とする変態ポップ・アルバムになりました。

 アーモンドによれば、この作品は「マーク・アンド・ザ・マンバス以降でもっとも『ゴシック』なアルバム」です。そうなんです。あの頃のマーク・アーモンドに入れ込んだ人ならば、まるで違和感なくのめり込める素晴らしい作品なんです。

 もともとブレイドは1980年代のアーモンドに入れ込んでいて、彼に歌ってもらおうとせっせと曲を書いていた人です。アーモンドも自らの80年代仕様を解禁してコラボにあたっていたわけですから、今回はプログレだといっても、結局はこうなるよりほかはありません。

 ラナ・デル・レイやビヨンセなどと仕事をしてきたブレイドですから、最先端サウンドも扱い慣れているはずですけれども、ここではあえて80年代にあっても違和感のないサウンドにしています。とりわけリズムにそれが顕著です。

 アーモンドもジャック・ブレルを歌っていた時代のようで、シャンソン的なメロディー・ラインをのっぺりした艶っぽい声で歌っていて、私などはもう涙がでそうです。まだ62歳、衰えを知らない力強い歌声には胸が熱くなります。最初から最後まで感動的です。

 ブレイドは2020年のアーモンドをプロデュースしたのではなく、時代を超越するアーモンドの作品群に新たに一つ加えたようなものです。そう、まるで彼の長いキャリアにおける未発表曲集のようなノリです。それが純然たる新作という現役感が嬉しい。
 
 さて、このアルバム・タイトルは、ニーチェの「ツァラツストラはこう語った」からの一節、「人はダンシング・スターを生み出すためにはカオスを抱えていなければならない」からとられています。ニーチェとマーク・アーモンド、分かるような分からないような面白い取り合わせです。

 ファンタスティック・スターであるアーモンドはとりわけカオスがお気に入りのようで、本作にはその名も「カオス」という曲が収録されています。すごく明るいポップな曲調で、♪カオスを抱きしめよう♪と歌っています。とても楽しそうです。

 「ロード・オブ・ミスルール」ではジェスロ・タルのイアン・アンダーソンがフルートを吹いています。アーモンドが一貫して描き出す、宝石を内に秘めた、死と隣り合わせの猥雑な世界をともに表現する相手としてはもってこいです。本当にうれしい作品です。

Chaos and a Dancing Star / Marc Almond (2020 BMG)