フランク・ザッパのデビュー40周年を記念するオーディオ・ドキュメンタリー・シリーズ、プロジェクト/オブジェクトの第四弾は、ザッパ先生のカタログの中で最大のヒットを記録したアルバム「アポストロフィ(’)」を取り上げました。題して「クラックス・オブ・ビスケット」。

 アルバムの最初の部分は、1973年6月30日の日付のあるテープからの4曲で構成されています。これは、この時点でザッパ先生が考えていた「アポストロフィ」の片面の並びで、発表された「アポストロフィ」とはまるで異なっています。

 それによれば、「コズミック・デブリス」、「アンクル・リーマス」、「ダウン・イン・ザ・デュー」、「アポストロフィ」の順番となります。このうち「アンクル・リーマス」の歌詞の最後のフレーズからタイトルがとられた「ダウン・イン・ザ・デュー」は本編には収録されていません。

 後に「レザー」で発表されたこの曲は、実は「エナジー・フロンティア」という曲の一部です。同じ曲のブリッジ部分がタイトル曲「アポストロフィ」です。しかも、「ダウン・イン・ザ・デュー」はジム・ゴードンのドラムだけを取り出し、そこにザッパ先生がギターとベースを足しています。

 1972年11月に録音された時のメンバーは、ザッパ先生、ジム・ゴードンに加え、ギターのトニー・デュラン、そしてクリームのジャック・ブルースという布陣です。ここからわざわざジャックのベースを消しているわけです。先生はジャックのプレイに不満だったようですね。

 本作品の中盤には「エナジー・フロンティア」のテイク違いが2曲、ブリッジ部分、後の「アポストロフィ」が1曲、合わせて3回の演奏が収録されています。ここら辺りの演奏は完成作品での先生の編集の妙味を味わうための素材として面白いです。

 さて、「アンクル・リーマス」ですが、これはジョージ・デュークを売り込むために制作したデモの一曲なんだそうです。残念ながらレコード契約はとれませんでしたが、ザッパ先生はジョージに頼んで、この曲を「アポストロフィ」の一部として収録したということです。

 アルバム「アポストロフィ」のヒットの原動力は後に「イエロー・スノー組曲」と呼ばれることになる4曲をDJが勝手に編集してラジオから流したことにあります。本作品にはその「イエロー・スノー組曲」のオーストラリアでの20分弱に及ぶライヴも収録されています。

 「イエロー・スノー組曲」の断片は他にも収録されていますが、このライヴはやはり本作の大きな聴き物です。サル・マルケス、ジャン・リュック・ポンティ、ジョージ・デューク、イアンとルースのアンダーウッド夫妻、トムとブルースのファウラー兄弟の演奏は素晴らしいです。

 ティナ・ターナーとアイケッツがコーラスで参加した「コズミック・デブリス」はテイク違いも収録、「エクセントリフーガル・フォルツ」はアウトテイクが入っていますが、名曲「スティンク・フット」のみ収録がないのが残念です。これがあれば一応完璧だったのに。

 アポストロフィは文字の省略を示す記号です。ザッパ先生の作品は完成してみないとどんな音になっているのかメンバーにも分からない。そこには省略されてしまったサウンドが数多く含まれています。まさにアポストロフィを鑑賞しているようなものだ、というおちなのでした。

The Crux of the Biscuit / Frank Zappa (2016 Zappa)