「虐げられた人類の味方」というキャッチフレーズで、クラスの3枚目のアルバムである本作品はラフ・トレード・ジャパンから日本盤が発売されました。当時は本当に驚きました。「本国でのプレス拒否、警察によるレコードの押収...幾多の軋轢を経てここに登場」です。

 本邦発売にあたってうまく工夫したなと思ったのはその邦題でした。ペニス・エンビーとせずに、「ペニゼンビー」です。原題は精神分析学者フロイトの性的発達段階理論からとられているので、定番の訳は「男根期」ですが、そうもいきません。ペニスもなんだし。クレバーです。

 本作品は確かに英国の警察によってデッド・ケネディーズとともに押収されました。過激な歌詞もさることながら、ダッチ・ワイフを大きくあしらったジャケットも問題視されたに違いありません。ただし、結果的には「赤いハイヒール」の歌詞の一部を除き無罪となっています。

 しかし、本作品の最大のお騒がせポイントはそこではありません。過激な歌詞による騒動はクラスにとっては日常茶飯事でしたから、何ならむしろ何もなかった方が騒がれたのではないでしょうか。クラスはここに至ってもピュアであり続けました。

 お騒がせは、本作品にシークレット・トラックとして収録されている「アワ・ウェディング」です。クラスの中心人物ペニー・ランボーによれば、この曲は元々コニー・フランシスの「カラーに口紅」を元にした「ペニスに口紅」として作られたという物騒な曲でした。

 結婚は売春にすぎないという主張が込められていましたが、著作権で訴えられるだろうと恐れて歌詞が書き直されます。しかし、曲は甘いまま。そこでこれを若い女性にありもしないロマンスを押し付ける雑誌「ラヴィング」に売るというアイデアを思いつきます。

 編集部はまさかあのクラスとは思わずに、この話に飛びつき、雑誌購読者が誰でももらえるフレキシ・ディスクとしてこの曲を配布しました。その時の曲名が「アワ・ウェディング」、「あなたの結婚の日に絶対不可欠」とのキャッチまでつきます。

 やがて事情は明らかとなり、「ヘイト・バンドの愛のメッセージ」として大騒ぎとなったという次第です。曲はあまあまですが、歌詞は結婚をひどく皮肉ったものです。逆説的ですから、ある意味ではフェミニスト的な本作品の中でも異質ですが、主張は一貫しています。

 本作品の特徴は何といってもリード・ボーカルです。1曲を除いてすべてイヴ・リバーティン、残りの一曲もジョイ・ドゥ・ヴィーヴル、要するにすべて女性です。スティーヴ・イグノラントはメンバーのままですが、本作品には参加していません。

 ハードコア・パンクだったスティーヴが歌っていないために、サウンドの手触りは随分異なることになりました。イヴもジョイも凄味はあるのですが、どちらかと言えば綺麗な声です。ハードコアからよりニュー・ウェイブ的なサウンドに変わってきました。

 歌詞はよりフェミニスト的になり、セクシズムやジェンダー問題を前面に押し出してきています。切り口は変われど、主張はデビュー時から終始一貫しており、真面目なパンクスの本領を発揮しています。クラスのフェミニスト・アルバムとして真摯に受け止めるべきです。

Penis Envy / Crass (1981 Crass)