ヴェイパーウェイブの金字塔とも言える重要作品です。これはヴェクトロイドの変名の一つ、MACプラスによる「フローラルの専門店」です。このタイトルは邦題というわけではなくて、オリジナルが日本語で「フローラルの専門店」なんです。英訳してフローラル・ショップです。

 日本語ついでに、各楽曲のタイトルも日本語でつけられています。これが中途半端な機械翻訳っぽくて絶妙です。「ECCOと悪寒ダイビング」なんて何のことか分かりませんが、カッコいいです。「リサフランク420/現代のコンピュー」ともども拍手を送りたいです。

 この作品はサウンドもさることながら、ジャケットが大いにもてはやされ、一つの流れを作るに至りました。ネットで検索すると、このジャケットをプリントしたTシャツが人気です。彫像はギリシャの太陽神ヘーリオスです。とことんさかさまな美意識エステティックが先鋭的です。

 サウンドも日本語CMサンプリングを中心とした彼女の別名義プロジェクトに比べると、ちゃんと音楽しています。サンプリング素材をあれこれいじって音楽を作り上げるスタイルですが、元ネタが普通に音楽然としているので、本作のサウンドもとても音楽らしいです。

 サンプリングのネタはシャーデーやダイアナ・ロス、ザップなど1970年代から80年代の楽曲が中心です。それを加工して出てくる音楽は何とも不思議な気持ちにさせてくれます。ラウンジ・ミュージックやモンドなどと一見似ているようですが、こちらは異世界の音楽です。

 彼女は「馴染み深さを剥ぎ取って、文脈を再構築したかったのです。だから、それはほんの少し本来ある場所から外れているのです」と語っています。この言葉は彼女の作り出すサウンドをよく言い表しています。まるで隣り合わせにある平行宇宙のようです。

 過去に遡ってその当時にあった明るい未来を再構築したかのようなサウンドです。懐かしいけれども、一つ捻ったノスタルジーです。現前しているのは存在したかもしれない未来です。この懐かしさは深い。この世界なら容易に引きこもれてしまいそうです。

 ヴェイパーウェイブは哲学できそう、などと書いていたら、本当に哲学されていました。迂闊でした。イギリスの音楽評論家アダム・ハーパーは「ヴェイパーウェイブにおける商業音楽の解体と再構築は、資本主義に対するアンヴィヴァレントな批評を含んでいる」と指摘します。

 それは資本主義を徹底的に拡大することで自己崩壊をもたらそうとする、いわゆる加速主義と親和性が高いということです。加速主義には、平等主義を越えて個人の自由を最大限に追求するリバタリアンが支える、反動的な暗黒啓蒙を説くニック・ランドがいます。

 英国パンクも状況主義と結びつけた論調がありましたが、こちらも似たようなもので、あまりぴんときません。商業音楽の解体と再構築は何もヴェイパーウェイブに極まったわけでもありません。私にはボカロPたちの活動の方がより解体と再構築っぽいのですが、どうでしょう。

 しかし、本作品はむしろ柔らかい音なのに、悪魔的な匂いがします。その点ではKLFの「チル・アウト」を思い出してしまいました。反動的な過激思想の友としての資格は十二分にありそうです。ニック・ランドのBGMとしては申し分ないかもしれません。恐ろしいことに。

参照:「ニック・ランドと新反動主義」木澤佐登志(星海社)

Floral Shoppe / Macintosh Plus (2011 Beer on the Rug)