北欧は憧れの地とされることが多いですが、とにかく暗い。物理的に陽が短いのはいかんともしがたいです。このジャケットの寒々とした感じがそのまま私の北欧のイメージです。この小屋。本当にこの小屋での演奏を収めたのだとしたら凄いですが、そうではなさそうです。

 「楽器の可能性を広げ続けるハイパー箏奏者」八木美知依と「フリー・ジャズ界の重鎮」ペーター・ブロッツマン、そして「北欧が生んだ天才ドラマー」ポール・ニルセン・ラヴのパワー・トリオによる西ノルウェーの人口8000人の町ヴォルダでのライヴ盤が本作です。
 
 このトリオは2006年7月に同じくノルウェーのコングルベルグ・ジャズ・フェスティヴァルで誕生しています。何と重鎮ブロッツマンは急きょ代役に立ったのだといいますから面白いです。八木もポールもすでに共演経験があったことからブロッツマンは快諾したそうです。

 手ごたえを感じた三人は翌2007年に欧州ツアーを敢行しています。次いで翌2008年4月にはノルウェー国立コンサート協会の主催によってノルウェー国内ツアーが企画されることになりました。大人気です。本作品は同ツアー最終日の4月12日のライヴ演奏盤です。

 先日見に行った八木美知依のソロ・ライヴにて、彼女が語ったところによると、海外でのライヴに関しては、「見慣れない楽器なのでステージに置けたら半分成功したようなものです」が、残り半分は共演者にちゃんと認めてもらえてなんぼだということです。

 このトリオの場合は御大ブロッツマンに認められるかどうかにかかっていると言ってよいです。ブロッツマンは1960年代初頭からヨーロッパのフリー・ミュージック・シーンに君臨し、「サックスのヘラクレス」と言われたアナーキーなサックス奏者です。この年67歳です。

 ブロッツマンは滅多に面と向かって共演者を褒めることがないのだそうです。八木は共演者からの評価の目安として「ソロをまわしてもらえること」を挙げています。このトリオではもちろん八木のソロもたっぷりと収録されていますから、しっかり認められていると言えます。

 実際、ブロッツマンは八木のことを「マイ・リトル・シスター」と呼んでいるのだそうですから、最大級の賛辞が送られています。ポールもブロッツマンとの共演歴は長いですし、八木とも何度も共演していますから、三人が三人とも認め合っている理想的なトリオだといえます。

 その三人が火を噴くような演奏をノルウェーの小さな町で繰り広げています。日本だとなかなか人が集まりそうにありませんが、そこはヨーロッパ。八木は、ヨーロッパのフェスなどでは近所のおじさんおばさんがサンダル履きでやってくるのだと言います。

 そんな包容力のある観客の前で三人の緊張感あふれる演奏は約1時間に及びます。八木のベース箏はまさにベースの役割を果たしており、ポールの火の玉ドラムとともに千変万化なリズムを作りだします。そこにヘラクレスの凄まじいサックスが吠える。

 プロデューサーのマーク・ラパポートは、この演奏をリアルタイムで聴きながら、「私は祈るように『行け行け...まだまだ...やめるなよ...』と呟いていた」と書いています。気持ちは良く分かります。至福の時よ、終わらないで、と私も思いました。フリーの傑作です。

Volda / Brötzman/Yagi/Nilssen-Love (2010 Idiolect)

本作品ではありませんが、トリオの音源です。