カムラ・オブスクラによる2018年3月発表のミニ・アルバムです。今回はアツコ・カムラに加えてナタリー・メイソンもアコーディオンとビオラで参加しており、デュオとしてのカメラ・オブスクラによる作品となっています。それとも曲作りのロバート・ストーリーも含めたトリオでしょうか。

 その3人に加えて、ディーン・ブロデリック、デイヴィッド・ロスのフランク・チキンズ周辺ミュージシャンが参加しており、総勢5名による演奏です。前作に比べるとかなり少人数であり、サウンドもさらにシンプルにエレガントになっています。

 この作品では、全7曲中最後の2曲を除くと、カムラのボーカルはカムラ語とも言うべき言葉で歌われています。即興であろうと思いますが、ひょっとしてライヴでは毎回同じ音なのでしょうか。とすると作詞されている?どうなんでしょう。

 一方、この作品にはちょっとしたブックレットが付けられており、そこには各楽曲に係わるエッセイが添えられています。日本語で歌われる最後の曲「ザ・ムーン・リフレクティッド」ではこのエッセイは歌詞の英訳になっています。他の曲もそういうつもりなのでしょうか。

 アルバム・タイトルは「ソクラテス・ガーデン」。古代ギリシャの哲学者ソクラテスの名前を冠しただけのことはあり、各楽曲もそれぞれが一癖も二癖もあります。思索に誘うがごとき静かな演奏に伴われた、古代ギリシャ語もかくやと思わせるカムラのボーカルにより効果倍増です。

 最初の曲は「無神論者のチャペル」。「無神論者である私自身」が疑問を感じたり、途方に暮れるたびに訪れる秘密のチャペルでは、答えが見つかるとともに別の問題を授けられる。深い話です。♪オスカラピャ、サーセヤ♪。ピアノが美しい佳曲です。

 「デルファイのバラ」では、古代ギリシャの都市デルポイの巫女ピューティアの娘がテーマ、「候補者たちの弁証法」では、古代ギリシャの貴族のサロンにおける弁証法を駆使した議論のお話、「クサンティッペのボタン」はソクラテスの悪妻クサンティッペが脳みそを食べた話。

 「ジョセリン・パラドxxクス」が分からないのですが、いずれも古代ギリシャですから、ソクラテス周辺の話が展開しています。歌っている言葉が理解できないだけに、エッセイを読みながら耳を傾けていると、いろいろと考えてしまいます。彼女たちの思う壺でしょう。

 続く「サイカイ・デーモン」は、一部日本語が出てきます。西方浄土の信仰を持つ日本から、魔物にそそのかされて英国にやってきたとカムラ自身の経験が唄われています。魔物も間違うことがあるという意味はどういうことでしょう。イングランドは極楽浄土ではない?

 最後の曲「ムーン・リフレクティッド」は美しいバラードです。♪この世に別れ告げて、光る国へ旅立つ♪と歌われるその歌は、古代ギリシャから阿弥陀如来までを渉猟してきた果ての明鏡止水を表しているようです。アルバムを静かに重く締めくくります。

 もはや演歌やシャンソンの情を超えた世界に静かに広がっていく、諦観とも違う菩薩行のようなサウンドです。シンプルこの上ないサウンドは広大無辺な宇宙が折りたたまれているようで、聴けば聴くほどブラックホールに吸い込まれていきそうです。

Socrates' Garden / Kamura Obscura (2018 Divine Agency)