「トケル」、何がトケルのかというと、炉心です。そうです。あの311で起こった福島での炉心溶融、すなわちメルトダウンです。カムラアツコの「トケル」は311に触発されて制作されたアルバムです。アーティスト名義はカムラ・オブスクラです。

 カムラは水玉消防団の後、英国に渡ってフランク・チキンズに捕獲されましたが、やがて真面目にアーティスト活動をするということでチキンズを離れ、しばらくは音沙汰がありませんでした。何でも就職されたと伺ったことがあるんですが、定かではありません。

 2000年に「エスニック系、民謡、即興を取り入れたバンド」、アイ・アム・ア・カムラでバンド活動を再開して、アルバムを発表しています。さらにセツブン・ビート・ユニットで民謡を歌い、そうしてこのカムラ・オブスクラに行き着きます。

 カメラの前身カメラ・オブスクラをもじった素敵な名前のユニットは、ボーカルの実験、作曲、即興を追及するユニットで、演歌とシャンソン、日本のパンクを注ぎ込んだオリジナルのマルチ・インストゥルメンタル・ミュージックを特徴としています。

 カムラとナタリー・メイソンとのデュオである場合とカムラのソロの場合があるそうで、このアルバムはカムラのソロとなっています。ゲスト・ミュージシャンは多岐にわたるのですが、ナタリーの名前がないという理由でソロと判定しておきます。

 曲作りは、アイ・アム・ア・カムラでも一緒にやっていた、オーケストラ・マーフィーなるバンドのロバート・ストーリーとカムラの二人です。歌詞は冒頭の「洞窟」と最後の「氷の洞窟」を除けば、すべて日本語ですから、カムラによるものと思われます。

 では「洞窟」と「氷の洞窟」は何かというと、これはカムラ語ともいうべき即興言語です。水玉消防団のスピンオフであったハネムーンズでも披露していましたから歴史は長いです。母音がはっきりしているので、日本語的な響が強いところが面白いです。

 バンド紹介文の通り、カムラの実験的なボーカルはシャンソンと演歌を混淆させ、そこに日本のパンク精神を注入したものと言えます。このボーカルを支えるサウンドは、いかにも英国らしいエレクトロニクスを取り入れた音数の少ない牧歌的なフリー・ミュージックです。

 参加ミュージシャンはロバートの他にフランク・チキンズのプロデュースもやっていたディーン・ブロデリックなど多岐にわたり、日本人の名前もちらほら見えます。クラリネットやストリングス、カホンや口琴なども交えた多彩な楽器群が魅力的な演奏を繰り広げています。

 カムラのボーカルは絶叫するわけではなく、むしろ静かに言葉を紡いでいくのですが、やはりどすが効いていてリアルに迫ってきます。とりわけ、直接福島を扱った「メルトダウン311」では、後戻りのできない状況に頬かむりをする現状を淡々と暴いて迫力があります。

 ジョン・バリーの曲を使った「東京デモ」は東京紀行の果てに反原発デモに参加したことが唄われています。原発は人の手に余るという否応ない事実を突きつけた311に、感性鋭いアーティストがいかに深く衝撃を受けたことか。けして他人事にしてはいけません。

Melting / Kamura Obscura (2014 Divine)