遠藤ミチロウが「ザ・スターリン活動真最中に出した」ファースト・アルバムには違いありませんが、本作品はJICC出版から発表されたカセット・ブックの音源のみを取り出してLP化、後にCD化したものです。ストレートなソロアルバムとは少し毛色が違います。

 当時、カセット・ブックは一瞬流行しました。安価になったテープを本や雑誌とともに流通させるメディア・ミックス戦略です。ところが、あっという間にCD-Rのお手軽さにとってかわられました。これはこれでお洒落でしたから、近年見直されてきているのは嬉しい限りです。

 そういうわけですから、音源だけでは不完全です。カセット・ブック版を随分前に手放してしまっている私としては、本の部分も復刻して欲しかったです。唯一、蛭子能収による漫画「ベトナム伝説」がミチロウ本「嫌ダっと言っても愛してやるさ!」に収録されているのみです。

 本作品の発表は1984年4月で、いずれ劣らぬ傑作である「虫」と「フィッシュ・イン」の間の時期に当たります。ディスコグラフィーに置くと突然のソロとなりますが、カセット・ブックですから音源は何となく附録的な扱いで、著者のソロ名義は全く違和感がありませんでした。

 本作品に収録された楽曲は全部で9曲で、そのうち遠藤ミチロウが作曲していない曲が6曲を占めています。カバー集と言ってよい比重です。緩やかではありますけれども、本の内容とシンクロしていたような気がします。やはりカセット・ブックです。

 冒頭には遠藤ミチロウないしはザ・スターリンの定番曲となる「仰げば尊し」が収録されました。パンク少女たちによるコーラスで始まり、軽快なパンク・ロックへと移行していく景気のいい曲です。元歌は文部省唱歌ですから、パンク精神発動の面目躍如たるものがあります。

 本家「仰げば尊し」が卒業式のヒット・チャートから脱落して久しいので、ミチロウさんのパンク精神が伝わりにくくなっているのが残念です。この曲はシングル・カットもされ、CD再発に際してカラオケと新録バージョンも追加されるほどの代表曲となったんですが。

 洋楽ではステッペン・ウルフの「ワイルドで行こう」、ドアーズの「ハロー・アイ・ラブ・ユー」を歌詞変でカバーしています。邦楽ではグループサウンズ、ザ・カーナビーツの「好きさ・好きさ・好きさ」と、納得の選曲はジャックスの「割れた鏡の中から」。こちらはオリジナル歌詞です。

 オリジナルのうち、本作品屈指の名曲「おまえの犬になる」はイギー・ポップのザ・ストゥージズ「アイ・ウォナ・ビー・ユア・ドッグ」へのアンサー・ソングです。大洋のごときリズムとのたうつギターが素晴らしいです。もちろんミチロウさんの叫びは凄いです。

 「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました。」はボブ・ディランに捧げた曲だそうで、福島弁のアジ演説がとてもスターリンらしい名曲です。「カノン」はPモデルの平沢進との共演で、パッヘルベルのカノンを使うという意表を突いた曲です。

 参加ミュージシャンは当時のスターリンのメンバーが中心ですが、ブックの気楽さからアルバムとしてのまとまりなど考えずに、一曲入魂で作られています。突き抜けた名曲も多い傑作なので、できればリマスターなりリミックスして欲しいと思います。

Vietnam-Legend / Endo Michiro (1984 JICC)