カセット・テープが何故か注目を集めているようです。ミニディスク時代にはまだまだカセットの出番がありましたが、iPod時代には無用の長物となったはずなのに、今また可愛らしいとか、味があるとか、簡単だとか復権してきたのだそう。面白いものです。

 ヴァニティー・レコードのノイズ・ボックス、しんがりは西村有望の「脂肪」です。A面は雌サイド、B面は雄サイドに分かれており、曲名はローマ字表記ですが、西村がロック・マガジンに送ったテープには日本語による曲名が書かれています。

 きょうレコーズの公式サイトでは東瀬戸悟氏が本作を「ギター/ベース/ドラム/ヴォイスのバンド編成で初期アモン・デュール、メタボリストなどを想起させるプリミティヴで重く引き摺ったオルタナティヴ・サイケデリック・ロックを聴かせる」と紹介しています。

 ノイズ・ボックス参加アーティストの大半はエレクトロニクス主体でしたけれども、西村の「脂肪」は通常の楽器によって制作されています。ロック・マガジンの用語で言えば、プロデューサーの阿木譲による「民族音楽的なインダストリアル・ミステリィ・ミュージック」となります。

 「ぶんぶん蠅」から「表情の歌」、「インカサンカ」などと続く、専らインストゥルメンタルなA面の雌サイドを聴けば、確かにアモン・デュールのヘビーで呪術的な音楽を想起しますし、メタボリストなどの当時の暗黒系ポスト・パンク勢と相通じるものがあります。

 一方、「大阪のファッショナブルとは程遠い土地にある高層アパートの家具の少ない小さな部屋で、20代の男が最近買ってきた中古の楽器が並ぶテーブルに向かって座っている」姿が思い浮かぶとの評も見かけました。本当は東京なんですがね。

 こちらはB面の雄サイドを聴くと、その通りだなあと妙に得心します。特に「鳥が飛んだラララ」。ゆったりしたリズムに綺麗なピアノが奏でられ、西村がおっさんとして女の子に絡みます。♪いいところへ連れて行ってあげたいな♪、♪濡れた髪の裸のお嬢さん♪。

 10分に届こうかという変態トラックです。ここらあたりは密室の所業でしかありえません。西村以外のボーカルも聴こえてきますから、全く一人でやっているわけではなさそうです。この声も女性であれば恐ろしいし、男性ならば微笑ましい。どちらか分かりにくいのが面白い。

 そんな変態トラックの後はまたトライバルな呪術トラックに戻ります。この頃の宅録はプロと見まごう現在とは異なり、アマチュアリズム全開です。しかし、そんなところにも音楽の神様は降りてくるものです。こうしてパッケージで発表されるとそれなりに楽しいです。

 こうしたテープを作ろうとしていた人はそれこそ数多くいたことでしょう。その中からたまたま選ばれた西村有望。彼には自身をもってテープを完成させ、ロック・マガジンに送ってくるだけの覚悟がありました。そこが永遠の命を得る結果につながりました。

 西村のその後の活動状況は分かりませんが、1960年生まれの同じ名前の方が「蛇蝎」という鉛筆画集を出されています。夜想の表紙なども描かれています。何とも変態な絵ですから、同一人物であってほしいです。こんな音楽をやる人がアートから離れられるわけがない。

参照:Die or DIY?

Shibou / Nishimura Alimoti (1981 Vanity)