ヴァニティ・レコードから発表された「ノイズ・ボックス」はロック・マガジンに送られてきたカセットをそのまま複製したものだと言われています。アーティストが作り出したサウンドに一切手は加えられていないということになります。

 そのため、作品によって録音状態が千差万別で、やたらとノイズが多いものもありますが、本作品は状態が良い方です。録音は逗子市にあるルーム・オブ・サテンで行われていると書かれており、ベッドルームではなくスタジオ録音ではないでしょうか。

 アーティスト名はインヴィーヴォ、アルバム名は「BBB」となっています。しかし、疑問なしとしません。カセットはA面が「インヴィーヴォ」、B面が「インヴィトロ」と題されていますし、「BBB」は一曲目の曲名です。アーティスト名のクレジットはありません。

 テープを作成したのはタチバナマサオという人ですから、題名・バンド名は便宜的なものなのでしょう。彼の情報は名前と逗子以外に何もありません。しかし、各楽曲の曲名やバンド名からはどうやら医療関係者ではないかと推察されます。

 「インヴィーヴォ」は「生体内」、「インヴィトロ」は「試験管内」、「BBB」は「血液脳関門」、肺炎を起こす「マイコプラズマ」、「Ld50」は「半数致死量」、添え字が落ちていますが化学式が付けられた抗生物質によくある「マクロライド」などなど。

 この名に引きずられると、「音のバイオミュータント生成実験の記録」とレーベル公式サイトに記されることになりますし、「ペトリ皿の中身に憑りつかれた」と論じられたリします。確かにどこか有機的なサウンドを感じることができます。

 プロデューサーの阿木譲も「何か彼の音楽は魑魅魍魎の世界って感じだな。どこかに人間ではない生き物のバイブレーションが脈打っている」と評しています。粘菌であったり、ねばねばのエイリアンといった不思議な生物の匂いです。

 サウンドはシンセサイザーやリズム・ボックスをメインとするミニマルなエレクトロニクス・ミュージックですが、ギター、ベース、サックス(もしくはクラリネット)の演奏も行われています。試験管サイドではアナログ・サンプリングもなされています。

 また、唐突に♪どうも体になじまないと。そういう…♪という医者と患者の会話のような発言が聴こえてきたりもします。ここはテープを使いまわすと発生するカセットあるあるの消し忘れ事故を思わせてはっとします。狙い過たず、というところでしょうか。

 身体の中で、あるいは試験管の中で、蠢く細胞の奏でるサウンドだと表現したくなるようなシンプルでいて進化を予感させるような比較的完成度の高いサウンドです。ミニマルなエレクトロニクスと楽器のバランスもなかなかいいです。

 タチバナも他のノイズ・ボックス仲間同様にこれ以降作品を発表していません。サウンドの質は高いですけれども、当時は日本から世界に届けるすべはほとんどありませんでした。あの頃、ユーチューブがあったらなあとしみじみ思います。

参照:Die or DIY?

B.B.B. / Invivo (1981 Vanity)