ヴァニティ・レコードのノイズ・ボックスの一枚で1番の番号を振られたサラリーマン・クラブの「グレイ・クロス」です。京都で制作されていますが、彼らはイーレムが出したコンピレーション・アルバム「沫」にも参加していることでも知られています。

 カタログ番号が鉛筆で書かれているオリジナル・カセットにはこの頃のロック・マガジンのトレードマークだったスーツを着て直立する男の絵が添えられています。しかもジャケット、カセットともにグレイです。まさに彼らのためのデザインのようにも思えます。

 プロデューサーの阿木譲は「騙されてもいいから僕にカセット・テープ・ミュージックを送ってくれる時はアーチストの音楽コンセプトが僕は欲しい」と言っています。この頃のロック・マガジンでも繰り返し同趣旨のことを書いていました。

 その点からすれば、サラリーマン・クラブは優等生であろうと思います。再び阿木によれば、「彼らは全員がサラリーマンでスチール机が並べられた企業社会の中のシステムこそ世界だと宣言している」わけですから、コンセプトはばっちりです。

 とはいえ、サラリーマンに対するイメージは千差万別です。ロック・マガジンのロゴ的に考えると匿名性と没個性がカギでしょうし、阿木は「カシオのデジタル腕時計をはめ、電子計算機(電子計算器)を操作するような透明な機械音楽」にサラリーマンのヒューマニティをみます。

 一方、阿木と対談している明橋大二はこのサウンドを聴いて、「まるで昼日中から会社で居眠りしているサラリーマンのいびき」を想起し、「フジ三太郎的な微笑ましい情景」を思い浮かべています。それが高じてサラリーマン社会は「微動だにしない強さがある」のだと。

 サラリーマンのプロとしては、アマチュア二人のご意見はとても新鮮ですけれども、どうにも消化不良です。ムライ、コジマ、スギエのサラリーマン・クラブ三人組は正確には一体全体どういうコンセプトを考えていたのでしょうか。

 サラリーマン・クラブが奏でるサウンドは、カセット・テープらしいノイズの霧に包まれたミニマルなエレクトロニクス・ミュージックです。リズム・ボックスやアナログ・シンセによるすき間の多いサウンドに電子的に加工されたボーカルが遠くから響いてきます。

 このサウンドには、とてもサトウサンペイ、植田まさし、東海林さだおの描くサラリーマン社会の雰囲気はなくて、強いて言うならば自分探しに勤しむ悩める憂鬱な若いサラリーマンを思わせます。アーティストに対するアンビバレントな感情を秘めたサラリーマン。

 この当時はインダストリアルと呼ばれるポスト・パンクのサウンドが隆盛でした。それを突き詰めると職業、サラリーマンの音楽が出てきてもおかしくない。現代社会を支えるサラリーマンのサラリーマンによるサラリーマンのための音楽。

 彼らのサウンドはとても人気があり、ノイズ・ボックスの中ではもっともユーチューブ投稿比率が高いのではないでしょうか。B面全体を占める18分に及ぶ4部作「グレイ・スケール」を始め、ノイズの霧をまとったサウンドに会社の廊下を思わせる力作が揃っています。

Gray Cross / Salaried Man Club (1981 Vanity)