ロック・マガジンのヴァニティ・レコードから発表されたカセット・テープ6本組、ノイズ・ボックスの一枚です。このシリーズは送られてきたカセットをそのまま発表するというものです。本作のアーティスト名はワイヤレス・サイト、作品名は「エンドレス・ダーク・ドリーム」です。

 素人が自宅で録音しているものですから、かなりテープのヒス・ノイズが大きいです。ボックスにはジャン・コクトーの詩の一節、「私の耳は貝の殻、海の響きをなつかしむ」が記載されていますが、海の響き、すなわちヒス・ノイズかと思われる存在感の大きなノイズです。

 ワイヤレス・サイトはワカエクニオという方のプロジェクトです。漢字名が判然としませんのでカタカナ表記とします。ワカエはミニコミ誌「無線風景」を作っていると紹介されています。それを英訳してワイヤレス・サイトなのでしょう。

 ここでワカエが使っているのは、メトロノーム、ピアノ、ラジオです。エレクトロニクス・ミュージックかと思いきや、意表をついてアナログで攻めてきています。この三つを駆使して、ポスト・クラシカルにも通じる静謐な世界を描きだします。

 リズム・ボックスの代わりをするのがメトロノームです。今では電子音によるものが主流のようですが、この頃は当然機械式です。当時は宅録を志す者がまず考えたのがこのメトロノーム。なんたって一人でリズムを刻んでくれます。手があくわけです。

 そしてラジオ。ここで収録されているのは無線で流れてくるノイズと発振音です。これは恐らく短波ラジオじゃないでしょうか。当時、海外の短波放送を楽しむBCLなる趣味が流行っていました。私も親に頼み込んで高性能なラジオを買ってもらって、楽しんだものです。

 そうしたラジオには周波数をきっちり合わせるために発振器が内臓されていました。その音に近い音が本作から流れてきます。これまたお手軽なシンセ代用品です。ダイアルをまわすと音が変わる。なんかいいですね。当時の宅録の雰囲気が偲ばれます。

 もちろんサウンドの中心にあるのはピアノです。ぽつりぽつりと単音を重ねていく手法です。静謐な音という意味では、ポスト・クラシカル的ですけれども、クラシックよりも現代音楽ですし、アンビエントというよりも、イーノでいえば「ディスクリート・ミュージック」に近い。

 プロデューサーの阿木譲は「彼の好きな風景は沈黙の世界というか都会に陽が沈むほんの一瞬にビルも何もかも都会の喧騒が止むことがある、そんな風景だな」と語っています。確かに風景を切り取った俳句的な音楽であると思います。

 ワイヤレス・サイトは、このような音楽に、映像と舞踏を合わせた総合的なパフォーマンスを行っていたそうです。この作品以外の作品について手掛かりはまるでありませんけれども、ぜひとも見てみたかった。この頃はビデオは高価だったんですよ。

 曲目は「エンドレス・ダーク・ドリーム」とメトロノームが活躍する「オートマチック・ファニー・サイト」の2曲がそれぞれのバリエーションを伴って計4曲です。いずれも、確かなピアノの腕に引っ張られてロックからは遠い音楽になっています。面白いです。

Endless Dark Dream / Wireless Sight (1981 Vanity)