藤井郷子還暦記念毎月一枚CDスペシャル・プロジェクトの8月分です。神戸にあるビッグアップルで2018年2月23日に行われたライヴ録音を、4月にミックスして、5月にニューヨークでマスターし、8月に発売。さすがに仕事が速いです。

 この作品での藤井のユニットは「魔法瓶」と名乗っています。もはや死語かと思ったらそんなことはなくて、タイガーも象印も魔法瓶を社名に名乗っているという現役バリバリでした。でも若い人には馴染みがないはずで、受ける語感はまるで違っているのではないでしょうか。

 魔法瓶は藤井のピアノにトランペットの田村夏樹といつもの二人に、エレクトロニクスでモリイクエ、サックスでロッテ・アンカーを加えたカルテットです。ここだけのユニットかと思ったら、後にロッテ抜きの三人でも魔法瓶としてライブをしていますね。

 藤井&田村とモリイクエの共演は2017年にワダダ・レオ・スミスを加えたカルテットで「アスピレイション」がありました。伝説のノー・ニューヨークのモリイクエは、その時もエレクトロニクスを駆使して何とも形容しがたい素晴らしい演奏を繰り広げていました。

 共演している懐の深いサックスのロッテ・アンカーはデンマークの女性で、その共演歴はレゲエのデニス・ボヴェルからペーター・ブレッツマン、フレッド・フリスにクリス・カトラー、パール・ニルセン=ラヴなど多彩です。モリイクエとも藤井&田村とも共演済みの俊英です。

 本作ではこの四人による完全即興演奏が収録されています。全部で2曲、最初の「レインボウ・エレファント」が42分強、二曲目の「イエロー・スカイ」が7分とかなり非対称です。「イエロー・スカイ」をアンコールだと思って聴くとちょうどよい感じです。

 「レインボウ・エレファント」は魔法瓶だけに象印かと、ライナーで松山晋也氏が突っ込んでいます。アルコールによるピンク・エレファントを超えるレインボウ・エレファントかとも思いましたが、真相は魔法瓶のみが知る話です。

 面白いことに松山さんの解説にはほとんど田村夏樹への言及がありません。出てきても藤井&田村がほとんどなので、田村を消しても解説が成立してしまいます。写真でも田村は女三人が山型に完結している隣に立っているだけですし、何だか微笑ましい。

 しかし、もちろん演奏になると、三人のソロ・パートに比べるとソロの扱いが小さいですものの、アンサンブルにおける田村の存在感は大きいです。藤井曰く、「静寂とフォルテの部分が有機的に存在し、でも意外性もあるようなアンサンブル」がしっかり成立しています。

 エレクトロニクスによる即興は、身体の動きとサウンドが一対一対応する楽器による即興とは工数が違う難しさがありそうですが、このカルテットでは多彩な音色による電子音響で圧倒的にキラキラした世界が展開していきます。面白い相互作用です。

 鎮守の森から八百万の神様が飛び出すように、魔法瓶からは「魔法のように魅力的な音が溢れ出」てきます。このライヴがこのカルテットによる初ライヴだったといいますから凄い。魔法瓶のように「いつまでも熱い」演奏が素晴らしいです。

Live At Big Apple In Kobe / Mahobin (2018 Libra)

すいません。音源が見当たりませんので、以前同様、アスピレイションをあげておきます。