まさかのあがた森魚でした。ヴァニティ・レコードからあがた森魚の作品が発表されるとは思ってもみませんでした。この頃のあがたはベルウッドからアルバムを発表しているばりばりフォークの人でしたから、ロック・マガジンには相当な違和感があったものです。

 私はこのアルバムをリアルタイムで入手したわけではありませんが、先行して一曲目の「恋のラジオ・シティ」がロック・マガジンに付録としてついてきましたから、そちらで聴く事になりました。今では懐かしい片面収録のソノシートです。フレキシ・ディスクとも言います。

 あがた森魚は「赤色エレジー」の大ヒットの後、何枚か素晴らしいアルバムを発表しましたが、果敢にも映画に挑戦して商業的に大失敗してしまい、世間からはすっかり忘れられてしまっていました。本作品はあがた森魚の再起をかけたプロジェクトだったようです。

 本作再発元のきょうレコーズのサイトによれば、ヴァニティの阿木譲があがた森魚と旧知の仲であったことから出来上がったプロジェクトのようです。この時、阿木は「コンセプトはテクノ・ポップであり、泣きの曲はなしだよ」と言い放ったとのことです。

 私がテクノ・ポップという言葉を初めて見たのはロック・マガジン誌上でした。最初はXTCの音楽のことを指していたと記憶しています。それはともかく、本作ではシンセサイザーを始めとするエレクトロニクスが大活躍しますし、狙い通りテクノ・ポップそのものとなりました。

 参加アーティストは、あがたに加えて、エレクトロニクスを操る二人、サブと藤本由紀夫がメインです。サブはもとより、藤本もノーマル・ブレインとしてヴァニティからアルバムを発表します。さらにコーラスでフューも参加していますから、ヴァニティ・オールスターズの面持ちです。

 ついでに胡弓にフリー・ミュージック・シーンで活躍する向井千恵、関西パンク・シーンからコンチネンタル・キッズの篠田純、INUの北田昌宏、飢餓同盟の安田隆、ウルトラ・ビデの富家大器と知る人ぞ知るなかなかのメンバーが参加しています。

 アルバムは「恋のラジオ・シティ」で幕を開けます。この曲はベルギーのシンセ・バンド、テレックスの「テクノ革命」からの曲を元にしたピコピコ・テクノ・サウンドです。A児と名乗るあがたのボーカルのヘロヘロが以外にもピコピコに似合います。

 「サブマリン」は当時のロック・マガジンの一押しバンド、ジョイ・ディヴィジョンの「シーズ・ロスト・コントロール」がほぼそのまま使われています。フューと向井他のコーラスも醒めていますし、あがたの歌も居心地が悪そうで面白い味を出しています。

 もう一つの話題は「エアロプレイン」での稲垣足穂の肉声コラージュです。ロックマガジン界隈では足穂はスターでした。藤本が持っていた足穂と瀬戸内寂聴の対談カセットから、足穂が飛行機の口真似をし始める部分を編集したものだそうです。

 結局、アルバム後半は阿木も根負けしたのかかなりあがたらしい「泣きの曲」が入っていますけれども、あがたはこの後、ヴァージンVZとしてテクノ・スターとして再び成功を収めていきますから、その転換のきっかけとなった本作はあがたにとって極めて重要な作品です。

Norimono Zukan / Morio Agata (1980 Vanity)