解説の濱田滋郎先生によれば、「ヨーロッパ諸国におけるギター音楽の流れは、19世紀の半ば頃から、徐々に衰退の方向をたどって」いました。「手頃な家庭および音楽サロンの楽器として重宝され」ていましたが、ピアノに押されていってしまったんです。

 ピアノに押された一番の要因は音量にあります。図体の大きなピアノから出てくる大音量に対して繊細なギターは分が悪い。しかし、やがて電気の時代になると、ギターは音量においてピアノを圧倒します。少なくともロックにおいては再びピアノを打ち負かしました。

 さて、フランシスコ・タレガないしタルレガは、しばしば「近代ギター音楽の父」と呼ばれるスペインのギタリスト兼作曲家にして、教授としてもギターの復権に尽力した人です。さらに「ギターの聖フランチェスコ」とも呼ばれるほど清貧のうちに暮らした人でもあります。

 タレガによる最大の名曲はもちろん「アルハンブラの想い出」です。ロドリーゴのアランフェスとしばしば名前が混線してしまうのですが、こちらはわずか3分たらずの小品です。しかし、その知名度は圧倒的に高く、「愛のロマンス」と双璧をなすのではないでしょうか。

 この曲はタレガがスペインの古都グラナダを訪れて、中世にムーア人が建てたアルハンブラ宮殿を見て作曲したものです。イスラム建築の美しい宮殿は、レコンキスタによる勝利ないしは敗北に想いを馳せることができる場所です。ジャケット写真はどこなんでしょうか。

 このアルバムはナルシソ・イエペスがタレガの作品だけを弾いたアルバムです。小品が多いためか、タレガ作品集はそれほど多くありません。その中で巨匠イエペスがタレガをとり上げたことは大そう嬉しいことです。ギターと言えばイエペスですから。

 イエペスはおびただしいタレガ作品の中から、タレガの自筆譜をさがし求めました。タレガは友人に招かれると、「感謝の意をこめて、自作曲のひとつを譜面に書き、贈った」のだそうで、相手の技量に合わせて同じ曲でも難易度を調整して書いたらしいんです。

 タレガは根っからの教授なんですね。イエペスは「これらの譜面を前に私は、つねに最もむずかしいものを選んで演奏することにし」ました。「なぜなら、それがタレガ自身が演奏するための譜面だったと思われるから」です。なるほど。

 そうして選ばれた曲は全16曲、9分を超える最後の「ホタ(演奏会用大ホタ)」以外の15曲は長くても5分程度、多くは2分に満たないサイズです。「ホタ」にしても短いさまざまな奏法が組み合わされていることを考えると小品ばかりという意味合いが分かるでしょう。

 これはギターがよほど好きだということを表していると解釈したいです。複雑な大曲ではなく、あくまでギターの音色を慈しむように、ギターに歌わせるために曲を作っている。イエペスも抒情を溢れさせるのではなく、ギターを補助するかのような演奏をしています。

 ベタベタに表現することも可能な「アルハンブラの想い出」をここまでしゅっと演奏できるのは素晴らしいと思います。ひょっとするとタレガの一番難しい楽譜は自分が演奏するのではなく、将来イエペスが演奏するために予め書かれていたのかもしれません。

Tárrega : Recuerdos de la Alhambra / Narciso Yepes (1983 Deutsche Grammophon)