「日本の首都、東京へのトリスターノからの『捧げもの』」です。フランチェスコ・トリスターノは正真正銘クラシックのピアニストです。1981年ルクセンブルク生まれのトリスターノはジュリアード音楽院で修士号を得ていますし、数々の国際コンクールで成績も残しています。

 10代の頃からオーケストラとの共演やソリストとしての演奏活動を活発に行っている他、若者らしく、ジャズやテクノにも積極的に取り組んでおり、いわゆるポスト・クラシカルの旗手としての活躍をしています。本作などはまさにポスト・クラシカルに分類される作品です。

 トリスターノは2000年に18歳で初めて東京に来ており、その後約10年のブランクがあったものの、それ以降40回以上東京に来ているそうです。東京がこのアルバムは「僭越ながら僕が考える東京についての音楽なんだ」ということです。

 「とは言ってもこのアルバムで東京を語ろうとは思っていないよ。これは僕の記憶の中にある、特定の瞬間、ここ10年、このすばらしい街でさまざまな想いとともに過ごした瞬間の数々なんだ」と語る通り、あくまでもトリスターノにとっての東京です。

 そのため、「中目黒第三橋」とか「カフェ新宿」、「銀座リプライズ」などは、日本で長く生活している者が思い浮かべる街のイメージとはかけ離れています。それぞれの曲に付された写真でも、たとえば銀座では烏森神社が写っていますし。

 特に「代々木リセット」は、東京に向かう途中で彼の義父が亡くなり、一旦葬儀で演奏するために戻った後、仕切り直しで来日して、代々木公園に「気持ちをリセットするために行った」という思い出とともにあります。ことほど左様に個人的です。

 これがいいです。世の中の通念に囚われると、紋切型になってしまいますが、彼の場合はそれがない。とてもパーソナルを極めると逆に普遍的な東京が立ち現われてきます。小津安二郎の「東京物語」の世界に通底するものがあります。

 アルバムは全17曲、トリスターノのピアノをメインに、シンセサイザーやエレクトロニクス、そしてフィールド・レコーディングをまじえて曲が構成されていきます。詩の朗読や賑やかな商店の♪お値段は税込み1799円♪なんていう電子ボイスまで入っています。

 ゲストとしてはフランスのジャズとクラシックの巨匠ミシェル・ポルタル、エレクトロニクス系ではアルゼンチンのグティ、日本の渋谷慶一郎にヒロシ・ワタナベ、タブラでUザーンがそれぞれ1曲ずつ参加しており、トリスターノと四つに組んで東京と格闘しています。

 トリスターノの作品は、ピアノを始め、とにかくありえないほど音がいいです。そのサウンドで短い曲でさまざまな東京をスケッチしていきます。あくまでピアノが中心で、ジャズ・ミュージシャンであれば、即興ということになるのでしょうが、彼の場合は少し違います。

 たとえ即興であるにしても、演奏するそばから楽譜が出来ていくような、とにかく楽譜の存在が意識される演奏です。そこがクラシック奏者らしいところです。最高の音質でポスト・クラシカルらしい美しい物語が語られる。東京もここまで美しく描かれると嬉しいことでしょう。

Tokyo Stories / Francesco Tristano (2019 Sony Classical)