「君に、胸キュン。」です。この句読点、カタカナ使い。1983年を真空パックして永遠に残そうという企てが当時からあったとしたら恐ろしいことです。他のどの時代にも通用しない言葉遣いは、当時を思い起こすスイッチのようなものです。

 YMOは「君に、胸キュン。」を引っ提げて、当時はまだ全盛を極めていたテレビの歌謡番組に出まくっていました。バラエティー番組も解禁され、挙句の果てはトリオで漫才までやっていたと言えば、その当時の様子が分かってもらえるでしょうか。

 この曲は、カネボウ化粧品のキャンペーン・ソングに採用されています。この当時、資生堂とカネボウのCMタイアップ・ソングはヒットを運命づけられていました。この曲も例外ではなく、本人たちの露出と相まって、めでたくオリコン2位を記録しました。

 1位は中森明菜の「1/2の神話」です。私はこの結果に胸をなでおろしたものです。というのも当時の私はYMOの芸能界への殴り込みを不快に思っていたからです。いかにも歌謡界なんてちょろいと馬鹿にしているような感じがしたもので。

 当時、マスコミにはYMOを教祖様のように崇める信者が多数いて、そういう人たちが騒ぐわけです。YMOが本気を出せば、音楽的には何物でもない歌謡界など軽いものだと。やはり本物の音楽は違うと。そんな空気が何ともやりきれなかったなと懐かしいです。

 そんな過去を懐かしみつつ、久しぶりにアルバム「浮気なぼくら」を聴いてみると、とにかく明るいYMOではありますが、いかにも歌謡曲というのは「君に、胸キュン。」だけです。それ以外の曲はいつものYMOで、細野晴臣が「テクノデリック2」だというのも頷けます。

 YMOは1981年の「テクノデリック」以降、活動を休止していましたが、その間、むしろ各メンバーは多方面で活躍しています。どことなくマイナーな活動をしていた彼ら3人がYMOを経て、一躍表舞台に立ち、好きなことを好きなようにできるようになったという調子でした。

 YMOの再始動はそんな彼らにとってYMOへの最後の御奉公としての意味合いがあったのでしょう。再始動の時点で最後のアルバムになるという暗黙の了解がメンバーや所属事務所、レコード会社とも共有していたのだそうです。

 最後なのでぱーっと明るく華やかに、というわけで仮のタイトルは「キュート」。「カワイイ」が市民権を得ていたら、そちらになったことでしょう。その象徴が「君に、胸キュン。」でした。他の曲もほとんど全部がボーカル曲、しかも日本語詞が多数を占めています。

 おっさんたちがカワイイと思う曲を引っ提げて、歌謡界に一石を投じ、ヒットを生むんだという意思が感じられます。とはいえ、アイドル向けに書いたような詩はさすがに書けなかったようで、どうしても心情を吐露する深読み可能な歌詞になっています。

 アルバムはオリコン1位となりましたけれども、売上枚数では「BGM」にすら及ばない結果となりました。今となっては面白いと思いますけれども、市場を意識したこのコンセプトには充分に乗り切れなかったということではないでしょうか。

Naughty Boys / YMO (1983 Alfa)