ドイツ・グラモフォンのレコード・ジャケットには秀逸なものが多いですが、このアルバムなど最も魅力的なものの一つでしょう。40代半ばのカルロス・クライバーの凄味が伝わってくる素晴らしいジャケットです。ドイツの写真家フリッツ・ベイヤーによる見事な写真です。

 本作品はカルロス・クライバーがウィーン・フィルを指揮した一枚です。ジャケットにはベートーヴェンの交響曲第5番としか書かれていませんが、手元のアルバムには翌年に同じ奏者によって録音された第7番がカップリングされています。

 1974年に録音された第5番「運命」は、クライバーとウィーン・フィルの初共演であり、これがクライバーの交響曲録音デビューなんだそうです。それが定番中の定番とされるのですから、クライバーという人は凄いものです。

 クライバーはお父さんのエーリヒが偉大な指揮者であったがために、凡人には分からない苦悩があったようです。そもそも指揮者になることに反対されていた云々、このあたりを話し出すときりがない人がたくさんいらっしゃいます。

 クライバーはダンスのように指揮をする人で、時には足で指揮をしたということです。フルトヴェングラーとは対照的です。そんな話を聞くと、リズムの饗宴と賞され、ワーグナーが「舞踏の神化」と評した交響曲第7番などはまさにぴったりな選曲です。

 もちろん第5番も♪ダダダダーン♪のリズム・パターンだけで曲ができているようなものだと言いますから、第7番とも同様の構造をもっているわけで、ダンス向きということができます。まさにレンガ職人の面目躍如たるものがあります。
 
 ここでの演奏に対して、「まるでホメロスが生き返ってイリアスを語っているようだ」とか、「音楽の伝統に塗り固められた傑作から上塗りを剥がして、その中に潜んでいた生き生きとした創造物を露わにした」と評されています。

 持って回った表現ですけれども、簡単に言うと「楽しい」ということではないでしょうか。クラシック音楽をクラシックたらしめている厳めしさのようなものを排して、リズムを躍らせることによって、演奏会場をダンス会場にしてしまうような楽しさです。

 踊りながら指揮をしていたかは不明ですけれども、居合わせたレコード会社関係者は体をゆすっていたのではないでしょうか。聴いていると、映画でしばしば見かける大広間でのダンス・パーティーの光景が浮かんできました。

 そもそも第7番、特に第二楽章などはディープ・パープル的なメロディーですし、全体にリズム重視の楽曲はロックとの親近感があります。それを躍動的に踊りながら演奏するわけですから、私のようなロック耳にも大変分かりやすいです。

 カルロス・クライバーは気難しいとか神秘的とかいろいろと言われる人ですけれども、このベートーヴェンを聴いている限り、とても分かりやすい人ではないかと思いました。余計な講釈を垂れずに音楽に向き合う姿勢はロケンロールです。

Beethoven : Symphonie Nr.5 & Nr.7 / Carlos Kleiber (1976 Deutsche Grammophon)